すばらしい新世界

阿波野治

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一人きりの世界で

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 半時間ほどぶっ通しで道なりに歩いてみたが、誰とも出会わなかった。

「やっぱりだ」

 この地球上から人類は死に絶えたのだ。
 ただ一人、尹イナを例外にして。

 心が高揚している。
 人が死に絶えて、唯一の生き残りである人間は、どう振る舞うべきなのか。右も左も分からないが、この昂りを大切にしていこうと思う。
 熱はいつしか冷めるし、炎はいつしか消える。だからこそ、大切に守っていかなければ。


* * *


 赤いから、あるいは神の力を獲得したから、半時間くらい歩き回ったところで疲れない。ただ、小腹は空いている。コンビニでなにも買わなかったせいだ。

 幹線道路から脇道に入ってすぐ、イナは児童公園を見つけた。こぢんまりとした公園で、遊具が滑り台とブランコと砂場しかない。ベンチがなかったので、ブランコに腰を下ろす。
 小学校低学年の児童がそろそろ下校を始める時間帯だ。普段であれば、乏しい遊具を占領する児童の姿を見かけたかもしれないが、もはや世界から人々は消滅してしまった。

「なんでコンビニで盗ってこなかったかな」
 イナはため息をついた。

 イナはこれまでに窃盗行為を働いたことが三度ばかりある。いずれも百円程度の、ポケットに簡単に収まる大きさの菓子だった。得も言われぬスリルが感じられる、と巷ではよく言われている。しかしイナの場合は、緊張を強いられる割に達成感が乏しく、警戒心が目に見えて薄い店で気晴らしにやるならいいかな、程度の満足度だった。罪悪感は特に覚えなかった。

 コンビニで万引きをする心理的なハードルは、イナの場合は踝ほどの高さもない。そもそも、自分以外の人間が一人もいなくなった状況下で、窃盗行為が罪に問われるのかは疑問だ。目撃者が不在という意味でも、非常時という意味でも。
 ただ、道を引き返すのは億劫だ。空腹ではあるのだが、わざわざ引き返してまでありつきたいと思うほどの魅力を、コンビニで販売されている食品からは感じない。
 人が死に絶えたばかりのこんな昼下がりには、ハンバーガーにかぶりつきたい。分厚いフライドチキン、タルタルソースがたっぷりとかかったハンバーガーに。

 出し抜けに、食欲をそそる匂いが鼻先を掠めた。
 匂いが漂ってきた方向を振り向く。二台あるうちの片割れ、イナが座っていないほうのブランコ。その座面に、丸みを帯びた紙包みが置かれている。彼女がブランコに腰を下ろしたときは存在しなかった包みだ。
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