すばらしい新世界

阿波野治

文字の大きさ
20 / 89

復讐

しおりを挟む
「伊んんん!」

 握力がさらに増した。力任せに腕を捩じり上げてくる。腕骨をへし折ろうとするかのような、凄まじい力だ。

「教師に向かってその態度はなんだ! 頭が高いぞ! お前のようなやつは――」
「触ってんじゃねぇ、ハゲ」

 静電気を流されたように、柘植はイナの手から右手を離した。イナは冷然と顎をしゃくり、

「死ね。苦しみながら死ねよ、このクソゴミ野郎」

 柘植は両手で胸を押さえてその場に蹲った。開いた口は、酸素を欲する鯉のそれのようにぱくついている。生え際から生じた汗が顔面を滑り落ち、信じられないほど巨大な染みを次から次へと路面に描く。体はどこか演技性を帯びたような揺れかたで揺れ、顔だけではなく肌全体が青白くなっていく。ただ宛がうだけだった両手が、ワイシャツの胸部を握り潰さんばかりに握った。濁点つきの声が途切れ途切れに口から漏れていたが、

「あ゛っ」

 ひときわ大きな、一瞬のうめきが空気を震わせ、眼球が裏返って白目になる。体がゆっくりと右に傾き、アスファルトの大地に横倒しになる。ワイシャツの両胸を掴んだ姿勢のまま、微動だにしない。ズボンの股間が歪な円形に変色し、遅々とした速度で円周を増していく。

「存在がきたねーんだよ。消えろ」

 吐き捨てたのが引き金となり、柘植の体から蒸気が立ち昇り始めた。ほのかに濁ったような白く半透明な蒸気だ。立ち昇る総量が増すのに反比例して、彼の体積は減じていく。全身が均等に縮んでいくのではなく、上部から順番に滑らかに削りとられていくように。

「いや、おせーな」

 吐き捨てたことで蒸発は加速し、ほどなく柘植の体は消滅した。
 試みに、消えるまで柘植が横たわっていた空間を軽く蹴ってみる。空気の感触がした。姿が透明になったのではなく、存在自体が抹消されたのだ。そう心の芯から納得できた。

 イナは拍子抜けがした。しかし、拍子抜けしている間に、腹の底で蠢動し、胸の中心へと徐々にせり上がってくるものがある。それに意識を集中させているうちに、その正体が忽然と明らかになった。

 ぼくはこの手で、むかつくやつを殺すことができた!

 噛みしめれば噛みしめるほど、喜びは濃度を増していく。結果を出せたことも嬉しいが、今後誰かと対立することがあっても、手をこまねくことも、怯えることもなくて済むという確証、それを得られたのがなによりも嬉しい。

 ぼくは神に等しい力を持っている。ここはぼくの思い通りになる世界だ。怖いものなんて、もうなにもない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

あべこべな世界

廣瀬純七
ファンタジー
男女の立場が入れ替わったあべこべな世界で想像を越える不思議な日常を体験した健太の話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

処理中です...