すばらしい新世界

阿波野治

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和装の少女

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 心の中で力強く断言した直後、視線を感じた。
 振り向くと、人がいた。
 柘植が現れた銀行とはちょうど反対方向、イナは名前の知らない街路樹の陰から、白亜の着物を着た少女がイナをうかがっている。
 これぞ緑の黒髪というような、遠目にも艶やかさが分かる髪の毛を、おかっぱ頭に整えている。色彩の対比効果では説明できない白さの肌。能面のような端正な無表情。死装束に見えなくもない純白の着物。

「幽霊……?」

 思わずそう呟いていた。
 肌の青みがかった白さと、どこか古風なヘアスタイル、そして着物姿。この三つの特徴を備えている一般的な存在として、真っ先に思い浮かんだのがそれだった。

 ただ、少女は一般的に言われている幽霊のように、両足は消えていない。着物の裾がなかば隠していて分かりにくいが、草履と思われる履物をちゃんと履いている。
 それに、ある意味、足があることよりも強い根拠がある。イナは少女に恐怖をまったく感じないのだ。

 存在に気づいた瞬間はたしかに驚いたし、不気味だとも思った。しかし、イナであろうとなかろうと、不意をつかれると驚くものだし、顔なじみではない誰かに見つめられると薄気味悪いと感じるものだ。そしてそれらの感情も、抱いたのがそもそも勘違いだったかのように、文字通りあっという間に薄れて消えた。だからこそイナは、沈着冷静に和装の少女の足元を確認し、足があることをたしかめられた。

「……誰? 何者?」

 単刀直入に、声に出して問うてみる。
 リアクションはない。まばたきすら確認できなかった。二十メートルの距離が些事を見落とさせたのではなく、正真正銘の無反応。

「いや、お前誰だよ。消えろよ」

 消えなかった。消えろと命じたにもかかわらず、少女の存在は厳然として揺るぎない。なんとなく予感していたことではあったが、やはり驚きを禁じ得ない。
 ただ、ここに来て初めて、動きらしい動きを少女は見せた。二度ばかりまばたきをしたのだ。
 そうかと思うと、街路樹からゆっくりと体を離した。視線の方向はイナのままだ、

 イナは軽く身構えた。少女はもはやまばたきすらせずに、さながら日本人形のように歩道の一点に佇んでいたが、

「あ」

 消えた。柘植のようなまどろっこしい消えかたではなく、一瞬にして跡形もなく。
 イナが消したのではない。少女がどう動くのか、見極めたいというのが一番の願いだった。消えるという行動は、対応は、イナの意思とは正反対。少女は明らかに、少女自身の意思で消えた。
 驚きの感情は遅れて到来した。意思のままに柘植を殺し、意思のままに人を殺せるのだと確信し、自信と魂の昂りを得た直後だっただけに、その感情は呆然自失へと通じる成分を含んでいた。のみならず、暗示的でもあった。

 力が万能という認識を改めなければならないのか。
 それとも、少女は例外的な存在なのか。
 だとすれば、少女は何者なのか。

 少女が再び目の前に現れるように願ってみよう、とは思わなかった。
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