すばらしい新世界

阿波野治

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怪物 その2

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 イナは神になったのだから、世界がイナの思い通りになるのは当たり前だ。基本的には、至れり尽くせりの改変を彼女は快いと感じ、愛している。
 ただ、なにかの拍子に、気持ち悪いと思うこともある。そして、そう思うときはいつだって、嘔吐感にも似た不快感が伴う。症状が治まるまでなにも考えたくなくなる。
 幸いにも、現在はネガティブな感覚とは無縁だ。丘の緑の鮮やかさを、架空の太陽光がもたらすぬくもりを、吹き抜ける秋風の滑らかさを、まっさらな気持ちで堪能できている。

「気持ちいいね」
「気持ちいいですね」
「秋だからね」
「そうですね。外で過ごすには気候がちょうどよくて」
「空は曇ってるけど」
「おっしゃる通りですが、ここはイナの意のままになる世界。見た目は曇り空だとしても、本質的には曇り空ではありませんから」
「そうだね。ホンシツテキにはね」

 リーフがもう一人のイナであることを考えれば無意味でしかない言葉を、時折交わす程度の漣を断続的に挟みながら、不可逆な時が流れていく。
 イナとしては、何時間でもそうしていたかったし、していられそうだったが、だんだんリーフの肉体が恋しくなってきた。横たわるという姿勢があのときと同じだからだろう、乳房が欲しくなってきた。授乳に相応しい体勢に変更するべく首を捩じると、

「あ」
 トラックの中央に怪物がいた。

 亀の甲羅に酷似した、二トントラックほどの巨大なボディ。亀でいえば四肢と頭を出す穴から、皮を剥いだ人肉のような色合いの触手が何十本、何百本と飛び出し、空中で蠢いている。

 怪物は、甲羅の上部一面にびっしりと浮き出た数多の赤色の瞳で、二人をうかがっている。
 リーフは俊敏に体を起こし、大地に片膝をついてナイフの柄に手をかけた。
 一瞬にして、毛先がちりつくような緊迫感が場に行き渡った。

 怪物は触手をうねうねと蠢かせるだけで、自らは動かそうとしない。ただ赤いばかりの瞳には表情というものが浮かんでおらず、企みは見え透かない。
 遅れること数秒、イナも体を起こす。改めて怪物を凝視したとたん、ふと思った。

「ねえ、リーフ。怪物、ぼくにも倒せないかな」
 リーフはイナを振り向かない。敵に対する警戒を怠りたくないからだろう。

「怪物はぼくにとって倒しにくい存在だっていう話だったけど、ぼくは神だよ。倒せないんじゃなくて、倒しにくいだけなんだったら、コツを教わったらなんとかならないかな? 助けてもらってばかりじゃ悪いし、自分の手でやれるに越したことはないよね。ていうか、倒したい! イナみたいに自分の手で、かっこよく怪物を倒してみたい! ねえリーフ、できないの?」
「やめておいたほうが無難です」

 リーフは気持ちいいくらいきっぱりと言い切った。
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