すばらしい新世界

阿波野治

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一人で

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 空白状態からやがて解放され、イナが真っ先に考えたのは、一人になってさてなにをしようか、ということ。
 祖父母宅を去り、どこかへ遊びに行く。ここを拠点にしばらく生活してみる。とりあえず、気分転換に外に出て散歩でもする。
 様々な案が泡のように浮かんでは弾ける間も、例の襖の部屋が気になって仕方がない。

「……というか」

 ぼくはどうして、あの部屋に入るのがあんなにも嫌なのだろう? 怖がっている、と言い換えてもいい。おばあちゃんの死にまつわる真実が中にある、とリーフは言っていた。直視しがたい事実だ、とも言っていた。その真実の詳細はまだ把握していないのに、なぜ直視しがたいかも理解していないのに、なぜ怖いのだろう? 不明だから怖いのか。それとも、正体に薄々感づいているからこそ怖いのか。

 部屋に入るか入らないか、襖を開けるか開けないかで押し問答をしていたさいの、普段とは少し違うリーフの態度が思い出される。
 あのときの彼女は、沈着冷静さにくるまれていて分かりづらかったが、広い意味でイナを見下していた。見くびっていた。わがままで臆病な子どもを、押したり引いたりしてなんとか正しい道へ導きたいという内心が、後になって振り返れば見え透いた。この苦労はイナには理解してもらえないだろう、という、ナルシスティックな諦めも漂っていた気がする。

 思い返せば思い返すほど、思い返した事実を反芻すれば反芻するほど、いらいらが募っていく。

 誰かを頼るというのは実に屈辱的だ。助言をしてくれる、怪物を退治してくれるという役割のありがたさの前に、そんな初歩的な事実に今の今まで気がつかなかった。薄々感づいてはいたのかもしれないが、重要事項だとは認識していなかった。愚か。この一言に尽きる。

 他人の力を借りるなんて、嫌だ。たとえできないことがあるのだとしても、孤独でいることを選びたい。
 ……というか。

「できるし。襖を開けるくらい、ぼく一人でも」

 のっそりと体を起こし、問題の部屋の前まで移動する。置物と化したリーフを一瞥し、襖に向き直る。
 奇妙な重圧を感じる。開けた瞬間に、たとえば猛獣のような、イナに物理的に危害を加えるなんらかが飛び出してきそうで恐ろしい、というベクトルの重圧ではない。襖越しに潜んでいるのは、静謐ながらもイナを圧倒するもののように思える。
 率直に言って、怖い。

 広い意味で自分に害をなす存在だと予想されるのに、その正体が掴めない。低俗なバラエティ番組でよくある、人間の頭部が入るサイズの箱の中に手を入れ、中身を見ずに触ってたしかめ、入っているものの正体を暴く趣向のゲームと同じだ。自らの肉体を差し出す者にとっては、取るに足らない小さな熊のぬいぐるみでさえも、猛毒の牙を持つタランチュラに等しい。
 ただし、イナが直面している状況は、それよりもはるかに悪い。中に秘められているのは、即効性の強毒を持った「怪物」かもしれないのだから。
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