眠り姫とアイスクリーム

阿波野治

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 元号が昭和だった時代まで、名実ともに女子修道院として営まれていたからか、ここC修道院は行きすぎない程度に礼儀正しさを重んじ、贅沢を遠ざける傾向がある。食事中はなるべく私語を慎むべきとされているのも、アイスが夏場に週一の頻度でしか食事に出てこないのも、その影響だ。

『中世ヨーロッパの修道院で、食事中は私語が厳禁だったのよ。じゃあ、修道士たちは沈黙の中で食事をしたかというと、そうではなくて、聖書を読む係の人というのがいて、食事中その人がずっと聖書を朗読していたの。でも、私たちはキリスト教の信者ではないから、沈黙の中で食事することを選びましょう。ぺちゃくちゃと私語を交わすよりもずっとお行儀がいいですからね』

 いつの日だったか、日曜日の説教のさいにイザベラ院長がそんなことを言っていた。
 たぶん真実なのだろう、とマーガレットは思っている。眠り姫たちに言うことを聞かせるためにたとえ話をするのなら、「かつて修道院では、修道士たちの食事中にしゃべる者は一人もいなかった」という設定にしているはずだからだ。
 食事中くらいは宗教のことから離れたくないのかなとか、食事に無調で朗読なんて誰も聞いていないとか、さまざまな感想が出されたが、もっともマーガレットの印象に残ったのは、「聖書を読む人はいつごはんを食べているの」という、茶化すような誰かの意見だった。

『食事自体もかなり質素で、肉類はほとんどとらなかったそうですからね。当然、甘くておいしいデザートも。それに比べてこの修道院では、肉料理は毎日出るし、栄養バランスにもしっかり配慮されていて、夏場には一週間に一回もアイスクリームが出る。みなさんも感謝していただかなくてはいけませんよ』

 ――追憶に集中力を揺さぶられながらも、懸命に観察を続けるマーガレットの視線の先で、ヘレンはフォークを使ってサラダを食べはじめた。
 それを見つめるシャルロッテは、意味深に口角を持ち上げた。そして、ヘレンのほうへとおもむろに手を伸ばし、サラダの陶製の器の横にあった、バニラアイスのガラス製の器をつかんだ。小さなドーム状に盛られた、トッピングもなにもない、シンプルなバニラアイスの器を。

 ヘレンはフォークの動きを止め、目を真ん丸にしてシャルロッテを見た。
 黒髪の美少女はにやにやと笑いながら、アイスの器を自分の目の前に置いた。自分のぶんとヘレンのぶん、二つの器がシャルロッテの視線の先に整列した。
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