眠り姫とアイスクリーム

阿波野治

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「あなたはたしかに眠り姫の成績はトップクラスだけど、だからといって、下位に甘んじている子を見下す権利はないよね。忘れているみたいだけど、人として立派な態度をとるべきだっていうのも、C修道院で定められた規則の一つだよ。その意味では、ヘレンのほうがあなたよりも圧倒的に尊敬できる」
「人として立派、か。その規則はもちろん知っているけど、この場面でそれを持ち出すとはね」
「持ち出したから、なんなの」
「意外だなー、って思って。マーガレットってこんな堅苦しいことを言う子なんだって。知らなかった一面を見ちゃったって感じ」

 シャルロッテは肩をすくめてみせる。軽蔑の対象が、この場には不在のヘレンから、目の前にいるマーガレットに切り替わったらしい。

「あなたが気づかなかっただけだから。接点もあまりないわたしのことを、あなたがわかるわけがない。ヘレンの長所にも気づかないくらい鈍感なあなたが」
「口はなかなか上手いんだね、マーガレットは。今まで接点があまりなかったから、気づかなかったよ。教えてくれてありがとう」
「どういたしまして。あなたが皮肉をちゃんと言える人だって知れて、わたしもうれしいかな」
「でもさ、マーガレット。なんていうか、ねえ」
「なに? 言いたいことがあるならはっきり言えば」
「あんた、眠り姫の成績、よくないよね。常に真ん中よりも下じゃなかったっけ」

 心臓が、いつもとは違う音で鳴った。

「だっていつも朝に成績を見るとき、あたしの近くにあんたの名前があったこと、記憶にないもん。ということはつまり、下のほうにある。みんなの話題にも上らないということは、ヘレンほどひどくはないにしても、威張れるほどの成績を常におさめているわけではない。そうなんでしょ?」

 認めたくないが、シャルロッテの指摘は正しい。
 厳密には、十位くらいの獲得金額を記録することもたまにある。ただし、年に二・三回の珍事に過ぎないし、その場合でもシャルロッテの順位を上回ったことは一度もない。もちろん、平均値ではシャルロッテに遠く及ばない。最下位の常連のヘレンといい勝負の日だって何度もある。
 ヘレンの陰に隠れているが、マーガレットも落ちこぼれの眠り姫だ。

 わたしがヘレンの成績の悪さを責めることがないのは――マーガレットは思う。あの子が好きだからとか、わたしが心の広い人間だからとかではなくて、人のことを言える立場にはないと強く自覚しているせいなのかもしれない……。

「あたしみたいな常に成績が超優秀な人間が、『成績がいいからといって、よくない人間を見下すのは間違っている』ってきっぱり言ったなら、かっこいいと思うよ。文句なしにかっこいいと思う。でも、あんたみたいな低い順位をうろうろしている人間がそう言っても、単なる負け犬の遠吠えじゃない。自分の実力不足を誤魔化すためにそう言っているとしか思えないんだけど」

 数字は嘘をつかない。ゆえに常に正しい。だからこそ残酷でもある。
 マーガレットはなにも言い返せない。
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