眠り姫とアイスクリーム

阿波野治

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 心配して声をかける、という気づかいかたもあるが、ヘレンはそちらを選んだ。こんな場合のときはそうするのがヘレンの性格だから、ではなく、表情や状況を読んでそう対応するのが最善だと判断したのだろう。
 以心伝心だな、と思う。ヘレンはどちらかというと鈍感なほうだが、それでもいざという場面ではきちっと正しい選択肢を選ぶ。伊達に毎日同じ部屋で過ごしていないし、毎夜隣り合ったベッドで眠っていないということか。

「みなさん、席に着いてください」
 やがて鐘の音が鳴り、ジャンヌ副院長が小広間に姿を見せた。
 規則を重んじる姿勢を持ちながらも、強引に改善を求めない。よくも悪くも穏やかな気質の副院長は、眠り姫たちから舐められがちだ。副院長が担当する日には、説教がはじまる直前まで好き勝手な場所で寄りかたまって無駄話に耽る光景が、当たり前のように見られる。副院長はまず「おはようございます」とあいさつするのではなく、「席に着いて」と呼びかけることが多かった。

 眠り姫全員が着席したのを確認し、ジャンヌ副院長による説教がはじまった。

 C修道院に説教の名手はいない。どのシスターにもそれぞれ欠点がある。ジャンヌ副院長の場合は、内容が生真面目すぎて面白味に欠けることと、語り口が単調なこと。ようするに、聴いていて眠たくなる説教なのだ。
 ユーモアが欠如しているのは、すべてのシスター共通。「説教は徹頭徹尾真面目な内容であるべき」という理念にもとづくものなので、それは大目に見てもいい。ただ、早朝から一本調子な説教を聞かされるのは最悪だ。
 ジャンヌ副院長は、いびきをかいて居眠りでもしないかぎりは注意をしてこない人だが、悪質な場合はあとで院長にきっちりと報告している。説教の時間が終わったあとの自由時間に、イザベラ院長から呼び出しを食らってこっぴどく叱られた子がこれまでに何人もいるから、油断はできない。

 説教は聖書の朗読からはじまり、登壇者がそれに関連する自らの実体験を語ったり、自らの考えを述べたりするなどして、道徳的な教訓で締める、という形式にのっとって進行する。
 C修道院は信仰の自由を保障されているが、シスターたちは奇しくも全員キリスト教の信者だった時期がある。説教の場において、聖書はキリスト教の教えではなく、人生の教訓を学ぶための教科書として使用されていた。
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