記憶士

阿波野治

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「多木さん、まだ教室に残っていたんだ」
 わたしは四人を代表して言葉を返す。親しくないクラスメイト用の、いくらか抑制した微笑みを顔に灯して。

「盗み聞きをしていたってことは、まさか、仲間に入れてほしい? 話がしたいなら、こっちにおいでよ。そうすれば大きな声を出さなくて済むよ」
「アホ。誰があんたらなんかとつるむかよ」

 呆れと苛立ちがないまぜになった声で、きっぱりと否定。スマホとは逆の手に持っているものを顔の高さまで掲げ、軽く揺らして音を奏でてみせる。レモン色のキーホルダーがついた鍵。

「あたし、今日の日直なの。あんたたちが出て行ってくれないから、教室の戸締りがしたいけどできないわけ。迷惑こうむってんの、こっちは」
「だったら、一声かけてくれればよかったのに。教室を閉めるから出て行ってって」
「言ったよ。そんなもん、とっくの昔に言ったに決まってるだろ」

 声に含まれる苛立ちの成分が強まった。

「そうしたらあんたたちは、『ちょっとだけ待って』って言ったんだよ。どうしても教室で話しておきたいことがあるから、五分だけ待ってって。そこまで言うならと思って言うとおりにしたけど、五分どころか十五分経ってもまだ話し続けているから、我慢の限界が来たんだよ。パンツがどうこうとか、そういうクソどうでもいい話は帰りながらしろよ」
「えー、ちょっと酷くない? 一大事じゃん。乙女のパンツが見えたんだよ? 清らかな処女の!」

 抗議の声を上げたのは、その話題を話し始めた張本人である茉麻だ。

「ていうか多木さん、私たちにそんなこと言ったっけ? 記憶にないんだけど」
「言ったよ。五分待ってって言ったの、他ならぬ西野なんだけど」
「あ……」

 遅まきながらその事実を思い出したらしく、茉麻はばつが悪そうな顔をした。
 多木さんは机上から足を下ろし、椅子に座ったままわたしたちに向き直る。視線の方向は茉麻ではなく、わたしだ。

「話戻すけど、蜂須賀が記憶を取り出すって、どういうことなの?」
「あっ、気になる?」
「だから訊いてるんだろ」
「そっか。じゃあ、言っちゃうとね」

 言ってしまってもいいの? 詩織が眼差しでメッセージを送ってきたが、わたし自身は心理的な抵抗は覚えていない。軽はずみな動機で不特定多数の人間に言いふらすような人ではないと、多木星羅という人物を評価しているからだ。彼女とは親しくないが、クラスメイトとして二か月以上学校生活を共にしてきたから、そのくらいの判断はつく。

「実はわたし、そういう超能力を持っているの。蜂須賀家の人間は代々その能力が発現するから、それを生業にしていて。力には個人差があって、たとえばお兄ちゃんは全然駄目なんだけど、お母さんは超優秀な売れっ子記憶士だった、とかね。わたしは、お兄ちゃん寄りの二人の中間ってところかな」
「記憶士?」
「わたしやわたしのお母さんのような、人の脳味噌から記憶を取り出せる力を持った人間のことを、そう呼ぶの」

 多木さんは疑わしそうな、胡散くさそうな顔つきをしている。
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