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「失敗した人たちっていうのはね、みんな記憶士の噂を聞きつけて依頼に来た人たちなのね。ざっくりとした言い方をするなら、わたしとは親しくない人。逆に成功したのは、わたしの友だちとか、それからあとは、ちょとした付き合いがあるご近所さんとか。この事実と、さっき説明した、記憶に出てきてもらうように呼びかける方法、この二つを考え合わせると――」
「考え合わせると?」
「記憶士と患者は、ある程度仲よくないといけないんじゃないかな、とわたしは考えているの。相手のことをよく知るというか、相手に心を許すというか、表現はいろいろあると思うけど。わたしのお母さんは凄腕の記憶士だったんだけど、お母さんは初めて会う人でも簡単に取り出していたのね。どういう記憶を取り出したいのか、事前にちょっと聞き取りをしただけで、ささっと。わたしも上達すればその域に達せるのかもしれないけど、現時点ではその作業も必要になってくると思う」
「作業というのは、要するに――」
「多木さんとわたしが仲よくなること、これが先決だと思う。わたしが特殊な力を持っていることは信じてもらえたみたいだから、次のミッションが親密になること、という意味ね。わたしがいくら問題を解決する能力があるといっても、取り出してしまいたいと願うくらいの記憶なんだから、事情を洗いざらい打ち明けるのは抵抗があるでしょ。抵抗感を少しでも減らすという意味でも、まずはその努力をするべきじゃないかな」
多木さんは難しい顔をしている。気持ちは理解できる。でも、避けては通れない道だ。
「というわけで、これからちょっとずつ、お互いの距離を縮めていこう。まどろっこしいかもしれないけど、必要不可欠な作業だと思って。……ね?」
返事はない。小首を傾げるような仕草を見せ、俯いてしまう。わたしは固唾を呑んで結論が示されるのを待った。
多木さんはいきなり、男子がするように荒っぽく後頭部をかいた。顔を上げてわたしと目を合わせる。
「まあ、いいよ。その方法をとるべきだって言うなら、そういうことで。蜂須賀の方針に全面的に従う」
「ありがとう。じゃあ、これから仲よくなろうね」
「……うーん。そうやって意気込むのも、なにか違う気がするけど」
また同じ部位をかきながら、今度は大きく首を傾げる。文系の人間が難しい数学の問題と格闘しているときのような顔つきだ。
「もやもやする気持ち、わたしも分かるよ。友だちって、作るっていうよりも勝手になっているものだから。でも、必要なことだから、無理しない程度に努力していこうよ」
「でも、どうすればいいわけ? 単なるクラスメイトでしかない人間同士が仲よくなるのって。友だちが多いあんたの方が、こういうのは得意なんじゃないの」
「……えっと」
返答に窮してしまい、自らの手元に視線を落とす。数秒にわたって思案したのち、手にしていた食べかけのサンドウィッチを差し出す。
「じゃあ、食べる?」
多木さんは眉をひそめて頭を振り、長らく止まっていた食事を再開した。
冗談のつもりで口にした、断られる前提の一言だった。とはいえ、力不足を思い知らされたような気がして、自分のことが情けなくなった。
「考え合わせると?」
「記憶士と患者は、ある程度仲よくないといけないんじゃないかな、とわたしは考えているの。相手のことをよく知るというか、相手に心を許すというか、表現はいろいろあると思うけど。わたしのお母さんは凄腕の記憶士だったんだけど、お母さんは初めて会う人でも簡単に取り出していたのね。どういう記憶を取り出したいのか、事前にちょっと聞き取りをしただけで、ささっと。わたしも上達すればその域に達せるのかもしれないけど、現時点ではその作業も必要になってくると思う」
「作業というのは、要するに――」
「多木さんとわたしが仲よくなること、これが先決だと思う。わたしが特殊な力を持っていることは信じてもらえたみたいだから、次のミッションが親密になること、という意味ね。わたしがいくら問題を解決する能力があるといっても、取り出してしまいたいと願うくらいの記憶なんだから、事情を洗いざらい打ち明けるのは抵抗があるでしょ。抵抗感を少しでも減らすという意味でも、まずはその努力をするべきじゃないかな」
多木さんは難しい顔をしている。気持ちは理解できる。でも、避けては通れない道だ。
「というわけで、これからちょっとずつ、お互いの距離を縮めていこう。まどろっこしいかもしれないけど、必要不可欠な作業だと思って。……ね?」
返事はない。小首を傾げるような仕草を見せ、俯いてしまう。わたしは固唾を呑んで結論が示されるのを待った。
多木さんはいきなり、男子がするように荒っぽく後頭部をかいた。顔を上げてわたしと目を合わせる。
「まあ、いいよ。その方法をとるべきだって言うなら、そういうことで。蜂須賀の方針に全面的に従う」
「ありがとう。じゃあ、これから仲よくなろうね」
「……うーん。そうやって意気込むのも、なにか違う気がするけど」
また同じ部位をかきながら、今度は大きく首を傾げる。文系の人間が難しい数学の問題と格闘しているときのような顔つきだ。
「もやもやする気持ち、わたしも分かるよ。友だちって、作るっていうよりも勝手になっているものだから。でも、必要なことだから、無理しない程度に努力していこうよ」
「でも、どうすればいいわけ? 単なるクラスメイトでしかない人間同士が仲よくなるのって。友だちが多いあんたの方が、こういうのは得意なんじゃないの」
「……えっと」
返答に窮してしまい、自らの手元に視線を落とす。数秒にわたって思案したのち、手にしていた食べかけのサンドウィッチを差し出す。
「じゃあ、食べる?」
多木さんは眉をひそめて頭を振り、長らく止まっていた食事を再開した。
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