記憶士

阿波野治

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 旅行は出かける前が一番楽しいという。
 では、具体的になにが楽しいのかというと、要するに計画を立てるのが楽しいのだ。
 バラバラになった無数のピースを目にした瞬間はうんざりするかもしれないが、一つ一つはめ込んでいくうちに夢中になる。空想においてならば、ままならない現実とは違い、多少の現実性を無視して、自らの心を喜ばせるものだけをピックアップして飾りつけていける。

 その日、わたしと星羅は、遊園地行きに関する話し合いに多くの時間を費やした。話し合いというと少し大げさだが、親しく付き合って間もない者同士が出かけるとなると、事前の準備はどうしても入念になるものだ。
 遊園地に行くのは日曜日、というのは早々に決定した。土曜日は星羅に用事があるらしい。家族といっしょに出かけるのかと問うと、「まあそんなところ」という返事だった。

 日にちが確定したならば、どうしても事前に決めておくべきことがある。

 夏也が夕食をとる時間になったのを見計らい、自室を出る。「最近付き合い悪い」のメッセージなどなかったかのように、茉麻たちと昨晩放送されたテレビドラマの話で盛り上がっていたところだっただけに、予想される展開に対する苦痛と不安は二倍にも三倍にもなった。
 それでも、話をする必要がある。わたしたちが優先させるべきは、どんなときでもお母さんなのだから。

 戸口からダイニングを覗き込むと、案の定、夏也は食事をしている最中だった。テーブルに肘をついてスマホを見ながら、今晩のメインのトンカツを頬張っている。
 また揚げ物だ、と思う。夏也の好物だから買ってきたのだろうが、お母さんの健康や飽きることも考えて、もう少し味や食材や調理方法の違う料理を出すように心がけてほしいのに。

 テーブルの上に副菜は出ていない。自分は食べないから冷蔵庫に仕舞ってあるのか。それとも、買ってきていないのか。後者だとすれば、わたしが一から作らなければならない。わたしとしては、出来合いのものよりも手作りの方が好ましいと思っているが、わたしの料理の腕前とレパートリーはたかが知れている。野菜を使った総菜を買ってきた方が、栄養バランスと味のクオリティが両立した献立を提供できる場合もあるのに。

 無性にいらいらしてしまったせいで、「お兄ちゃん」と呼びかけた声は、想定していたよりも尖ったものになった。

「うおっ、びっくりした。……なんだよ」

 呼び声の鋭利さに対抗するかのように、険のある声を返してくる。そっちがそのつもりなら、という気分になりかけたが、この場面で争っても不毛なだけだ。ゆっくりと息を吐き、ささくれ立った心をなだめる。

「ちょっと話、いい? 話っていうか、頼みごとなんだけど」
「さっさと言えよ。勿体ぶられると気持ちわりぃから」
「日曜日、友だちと遊びに行くことにしたんだけどね」
「勝手に行けばいいだろ。なにわざわざ報告しに来てんだよ。小学生か」

 話が終わっていない段階で自分勝手な解釈をして、わざと癪に障るようなことを言う。怒りがぶり返してきたが、ここで感情を解き放っては台無しだ。

「頼みごとがあるって言ったでしょ。せっかくの休日だし、やっぱりほら、丸一日遊びたいでしょ。だからお母さんのお昼ごはん、悪いけど、日曜日だけお兄ちゃんに頼めるかな」
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