67 / 90
67
しおりを挟む
取得情報が多い一日を泳いだ興奮が作用したらしく、昨夜は寝つくのが普段よりも遅かった。その過去が嘘のように、寝覚めはよく、起床時間もいつもと比べて半時間早かった。体調に問題はなく、心は静かに昂っている。コンディションは良好というわけだ。
起床後に確認したメッセージの中に、差出人が星羅のものは一件もなかった。心配にならないといえば嘘になるが、事前に伝えておくべき情報は昨夜の時点で伝え尽くしている。疑問や異論はないようだったから、なんの問題もないはずだ。
今朝のお母さんは眠たそうだったが、体調はよいらしくよく食べた。今日、久しぶりに記憶士として仕事に臨むことは、伝えなかった。娘が隠しているものに感づき、追及してくることはない。不要なプレッシャーを背負い込まずに済んだという意味で、些細かもしれないがありがたかった。
起床してから登校するまでの間に、夏也との接触はなかった。前例を考えれば、文句を言いに部屋に怒鳴り込んできても不思議ではないが、朝食を済ませたあとは自室にこもり、音沙汰がない。
唯一の心配は、夕食の介助を押しつけられた報復として、昼間のお母さんの介護を放棄することだが、さすがにそんな真似はしないと信じたい。わたしがわがままを押し通そうとしたならばまだしも、今回は記憶士の仕事という正当な理由があるのだから。
星羅が不在の教室で、いつもの三人とお喋りをして過ごす。その星羅といっしょに遊園地で過ごした時間について、三人揃って聞きたがったので、リクエストに応える。ただし、昼前に帰ってお母さんと面会したという情報は、全てカットした。
会話の中で、三人は星羅に対するネガティブな発言は一切しなかった。当人が不在の状況につけ込んで、婉曲な表現を用いて非難することも。日曜日に四人でいっしょに遊べなかった元凶である彼女に、三人とも雀の涙ほども悪感情を抱いていないらしい。
星羅の頭から悪しき記憶を取り除いた暁には、きっと五人で。
待ち受けているものの手ごわさを思うと、実現の可能性は高くないかもしれない。それでも、そんな想像を頭の片隅で、スペースが許す限り広げずにはいられなかった。
放課後を迎えるまではあっという間だった。
いつものように、代表者の机を囲んで無駄話をする態勢に入った三人に、わたしは別れの挨拶をする。
「また多木さんと約束があるの?」
茉麻から投げかけられた言葉は、予想していたものと寸分違わなかった。だから、タイムラグなく返答できた。
「うん、仕事だから。明日になるか明後日になるかは分からないけど、近いうちにみんなで遊ぼうね。絶対だよ」
三人は互いに顔を見合わせる。誰もなにも喋らないので間が生じたが、不穏でも不愉快でもない。
再びわたしの方を向いた茉麻の顔には、邪念のない微笑みが灯っていた。彼女の顔だけではない。結乃も、詩織も、わたしの行動と意思を尊重してくれている。
「分かった。いってらっしゃい。頑張れっ」
代表して茉麻が言う。曇りのない笑顔だ。茉麻も、結乃も、詩織も。
頬が緩んだのを自覚する。三人に向かって頷き、教室を出る。
頑張らないと。
星羅のために。もちろんそれが第一だが、それだけではない。三人のため、家族のため、自分のため――わたしになんらかの関係がある、全ての人間のために。
起床後に確認したメッセージの中に、差出人が星羅のものは一件もなかった。心配にならないといえば嘘になるが、事前に伝えておくべき情報は昨夜の時点で伝え尽くしている。疑問や異論はないようだったから、なんの問題もないはずだ。
今朝のお母さんは眠たそうだったが、体調はよいらしくよく食べた。今日、久しぶりに記憶士として仕事に臨むことは、伝えなかった。娘が隠しているものに感づき、追及してくることはない。不要なプレッシャーを背負い込まずに済んだという意味で、些細かもしれないがありがたかった。
起床してから登校するまでの間に、夏也との接触はなかった。前例を考えれば、文句を言いに部屋に怒鳴り込んできても不思議ではないが、朝食を済ませたあとは自室にこもり、音沙汰がない。
唯一の心配は、夕食の介助を押しつけられた報復として、昼間のお母さんの介護を放棄することだが、さすがにそんな真似はしないと信じたい。わたしがわがままを押し通そうとしたならばまだしも、今回は記憶士の仕事という正当な理由があるのだから。
星羅が不在の教室で、いつもの三人とお喋りをして過ごす。その星羅といっしょに遊園地で過ごした時間について、三人揃って聞きたがったので、リクエストに応える。ただし、昼前に帰ってお母さんと面会したという情報は、全てカットした。
会話の中で、三人は星羅に対するネガティブな発言は一切しなかった。当人が不在の状況につけ込んで、婉曲な表現を用いて非難することも。日曜日に四人でいっしょに遊べなかった元凶である彼女に、三人とも雀の涙ほども悪感情を抱いていないらしい。
星羅の頭から悪しき記憶を取り除いた暁には、きっと五人で。
待ち受けているものの手ごわさを思うと、実現の可能性は高くないかもしれない。それでも、そんな想像を頭の片隅で、スペースが許す限り広げずにはいられなかった。
放課後を迎えるまではあっという間だった。
いつものように、代表者の机を囲んで無駄話をする態勢に入った三人に、わたしは別れの挨拶をする。
「また多木さんと約束があるの?」
茉麻から投げかけられた言葉は、予想していたものと寸分違わなかった。だから、タイムラグなく返答できた。
「うん、仕事だから。明日になるか明後日になるかは分からないけど、近いうちにみんなで遊ぼうね。絶対だよ」
三人は互いに顔を見合わせる。誰もなにも喋らないので間が生じたが、不穏でも不愉快でもない。
再びわたしの方を向いた茉麻の顔には、邪念のない微笑みが灯っていた。彼女の顔だけではない。結乃も、詩織も、わたしの行動と意思を尊重してくれている。
「分かった。いってらっしゃい。頑張れっ」
代表して茉麻が言う。曇りのない笑顔だ。茉麻も、結乃も、詩織も。
頬が緩んだのを自覚する。三人に向かって頷き、教室を出る。
頑張らないと。
星羅のために。もちろんそれが第一だが、それだけではない。三人のため、家族のため、自分のため――わたしになんらかの関係がある、全ての人間のために。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる