記憶士

阿波野治

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「たしかに、俺は嬉々として母さんの助手をやっていたよ。明日にも寿命を迎えてこの世からいなくなります、みたいな面をした依頼者を、ちょっとした儀式を執り行うだけで笑顔に変えるのを見て、母さんは凄い人なんだって感動した。かっこいいって素直に思った。もちろん、尊敬だってしていたし。でも、母さんみたいになりたいかっていうと、それは違うんだよ。最初はそう願っていたかもしれないけど、少しばかり指導を受けて、自分に記憶士の才能がないって分かった瞬間、その願いは消えていた。目標とする存在が大きすぎるから。遠すぎるから。俺なんかじゃ足元にも及ばない、これは無理だ、さっさと諦めた方が賢明だ。そう思ったね。――それなのに」

 顔が一層歪む。それを境に、声量はある程度抑制しながらも、語調が荒々しくなった。

「それなのに、母さんは俺をしごきにしごきまくった。赤い血が流れる人間相手にあれだけ冷酷になれる人間、俺は人生で初めて遭遇したよ。非難されても仕方がない極悪人ならまだしも、俺は実の息子だっていうのに。抗議? 当然したさ。俺は才能もないのに、後継者なら秋奈だっているのに、なんで俺だけが努力しなきゃいけないんだ? 苦しまなきゃいけないんだ? そう訴えたんだけど、納得がいく答えは返ってこなかった」

 わたしは相槌を打つことすらできない。爆発してしまわないようにと、感情を懸命に殺しながらの語りは、母親に対する憎悪が嘘偽りではないことを如実に示していたから。

「……おっと。具体的な体験や思いを話せっていう指示だったな。山ほどあるぜ。胸糞悪かった言動ランキングを一位から順に――いや、順位なんてつけられないから、思い出した順でいこうか」

 夏也は語り始めた。
 話を聞く中で分かったのは、自身と夏也との間に起こった悶着を、お母さんは百分の一もわたしに伝えていなかった、ということ。

 中でも、二人が殴り合いの喧嘩を何度もしていたのには驚かされた。話を聞いた限り、指導の厳しさに耐えかねた夏也が憤懣を爆発させ、それをなだめようとしたお母さんとの間で揉み合いが勃発し、鎮圧するために止む無く武力行使に踏み切った、という経緯が大半を占めるらしい。ただ、お母さんがつい熱くなり、必要以上の打撃を夏也に加えた事例も少なからずあったようだ。

 お母さんの言動に厳しさを感じることはあっても、暴力的な印象は全くなかったから、受けたショックは決して小さくなかった。
 話を聞けば聞くほど、わたしの中の蜂須賀冬子像が、瓦解し、融解し、崩落していく。
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