記憶士

阿波野治

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 夏也がスーパーマーケットで買ってきたコロッケが今日の夕食のメインだ。四等分にカットすると、ミックスベジタブルの三色が露わになり、トレイの上が華やいだ。

 今晩は時間と心に余裕があったので、サラダを作る。トマト、レタス、きゅうり。ドレッシングにはレモン味を選ぶ。洗った野菜を食べやすいサイズに切って、市販のドレッシングをかけるという、いつもの形になってしまったが、彩りに気を配って補ったつもりだ。いつか手の込んだサラダも作れるようになればいい、と思う。
 インスタントの中華スープを作り、小口切りにした青ネギをプラスする。炊きたてのごはんを茶碗に装い、奈良漬けを小皿に少量入れる。

 ピッチャーからグラスに冷たい緑茶を注ぎ、お母さんのもとに向かおうとしたところで、ダイニングに入ってきた人物がいる。

「――お兄ちゃん」
 兄の夏也だ。

「いきなり入ってきたから、びっくりした、どうしたの、急に」
 相変わらずぼさぼさの髪の毛、ラフな私服姿の夏也は、返事をする代わりに頬をかく。

「もしかして、おなか空いたの? さっき食べたばかりなのに」
「違うよ、馬鹿。……俺も行こうかなって」
「え?」
「母さんの部屋まで。用事は別にないんだけど、秋奈といっしょのときはどんな感じなのかな、と思って。悪いかよ」
「ううん、別に」
「それじゃあ、行くか」
 夏也が先に廊下に出たので、それに続く。

『秋奈といっしょのときはどんな感じなのかな、って』

 わたしも全く同じ気持ちだ。お母さんの話を聞いた限り、夏也がお母さんを嫌っていることを、本人は把握しているようだ。ただ、二人が大きなトラブルを起こしたことは、お母さんがベッドの上が中心の暮らしを送るようになってからは一度もない。サプライズで夏也が部屋に入ってきたら、どんなリアクションを見せるのだろう?

「ていうか、トレイは持ってくれないんだね」
「お前の方が器用そうだからな」
「トレイを持つくらい、器用も不器用もないでしょ。すぐにそういう態度をとるから、彼女の一人もできないんだって」
「恋人いない歴と年齢が同じなのは、お互いさまだろ。偉そうに言うんじゃねぇ」
「でも、友だちは多いから。残念ながら同性ばかりだけどね」
「この前助けた子とは、仲よくやってんのか」
「うん、とても。わたしとだけじゃなくて、わたしの友だちとも仲よくやってる。記憶を取り出した影響で、性格が明るくなって、社交的になって。今日だって、五人でいっしょに下校したし」

 星羅はもう、孤独感に耐えきれなくなり、寂しい公園で誰かを待つことはないだろう。その名前が表すとおり、光り輝く未来が待っている。わたしはそう信じている。

「お昼ごはんも五人で食べたんだけどね、その子、わたしにだけあーんしてくれるんだよ。同性だとしてもちょっと恥ずかしいよね、あれは。あと、いきなりぎゅーって抱きしめられたりとか」
「……そっちの気があるんじゃないの、そいつ」
「そんなことないって。そうやってすぐに人に失礼なレッテルを貼るから、女の子にもてないんだよ」
「関係ねぇだろ」
「あるよ」

 言い合っているうちに部屋に着いた。ドアをノックしたのち、開く。
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