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エピローグ前編
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監禁生活が始まって三か月が経った。
監禁生活初日から、わたしは一歩もバスルームの外に出ていない。食事も、排泄も、睡眠も、ずっとその空間の中で済ませている。
死体から立ち昇る悪臭には食欲が失せた。排水溝に排泄をするのには抵抗があった。安眠するには寒すぎた。それでも、一週間が経ったころには慣れた。
相葉先生はわたしに妄りに干渉しない。勤務のために家を空けている間は、一人の時間が確保できる。五人にいじめられることも、フレデリカさんに絡まれることも、ケンのセックスに付き合わされることもない。
唯一、娯楽が一切与えられないのが不満だったが、わたしは妄想という代替手段を発見した。そのおかげで、二週間が経ったころには、新生活への適応を完了できた。住めば都、というやつだ。
厳密には一人ではない。先生が殺し、持ち帰った獲物、その仮置き場兼解体場所がバスルームだからだ。キッチンには三台の冷蔵庫と二台の冷凍庫があるらしく、基本的には、解体した死体はそこに保存されている。しかし、スケジュールや体力などの関係から、解体が間に合わない場合もある。日中がまだ夏のように暑かったころは、夜遅くまで解体作業に励むなど、その日のうちに冷蔵庫冷凍庫に収めるように努めていた。カレンダーが一枚めくれて、秋も深まりを見せ始めると、一日二日と平気で放置するようになった。
バスルームに運び込まれてくる死体は、若い女性ばかりだ。もう少し具体的に言うと、若い人だと中学生くらいから、歳をとっていても三十代まで。先生はいつの日か、「女性の方が男性よりも肉が柔らかい」と話してくれたことがあった。だから、多分そういうことなのだろう。
死体と共に過ごす時間、わたしはバスルームに運び込まれた人間が死んだ経緯や、その死因について考察した。あるいは、生前について想像を巡らせた。ルームメイトという設定のもとに話しかけることもあった。寂しさのあまり、ではない。暇潰しに人形相手に話をする感じ、とでも説明すれば、最も正確なのではないかと思う。
「あなた、名前は?」
「趣味はなに?」
「恋人はいるの?」
死体らしく、彼女たちは一言も答えない。だからこそ想像力は掻き立てられ、妄想は膨らんだ。死体のプロフィールを明かさないという先生の対応は、ファインプレーなのかもしれない。
解体作業において、死体は真っ先に頭部を切り落とされる。端的に言えば、非人間化。従って、殺される前は生きている一人の人間だったのだ、という前提のもとでの会話が難しい場合も少なくなかった。それでもわたしは、基本的には細かいことは気にせずに話しかけたし、質問した。所詮は暇潰しのお人形遊び。話し相手と見なせる物体が目の前に存在しさえすれば、ひとまず会話は成り立った。
一度だけ、顔見知りの死体が運ばれてきたことがあった。
「……中条さん」
恐怖の表情で虚空を睨むその全裸死体は、クラスメイトの中条さんで間違いなかった。
「あら。この子、ユエちゃんの知り合い?」
「はい、クラスメイトです。親しくはなかったのですが」
「そう」
先生は中条さんの頭部と四肢を胴体から切り離し、摘出した内臓をゴミ袋に詰め、バスルームから出て行った。
「中条さん、どうして外を出歩いたりなんかしたの? 世間では、まだ『右傾化する日本』が健在ということになっているんでしょう? 加えて、ショッピングモールで大量殺人があったのに」
人間として大切な部分を失ったことで、死体から肉塊に降格した感のある中条さんに、わたしは話しかける。当たり前だが、返事はない。しかし、その口が一切を語らずとも、迂闊にも屋外を出歩いた理由はおおむね察しがつく。
まさか自分が殺されるとは思ってもみなかったのだ。殺人鬼がいつどこで出没するか分からないとはいえ、他にも平気で外を歩いている人が大勢いるのに、よりにもよって私が殺される人間に選ばれるはずがない。中条さんはそうたかを括っていたのだ。
中条さんなりに気をつけていたのかもしれない。友だちや家族には「外に行くときは気をつける」と明言していただろう。しかし、心の底では侮っていた。自分は犠牲者になるはずがないと、根拠もないのに思い込み、信じ切っていた。
人生とはそういうものだ。
たとえば、性欲旺盛なシリアルキラーと同居する羽目になる。
たとえば、若く優しい女教師がカニバリストだった。
たとえば、隣人がスカトロもののAVに出演している。
たとえば、感情をほとんど覚えない欠陥人間に生まれついた。
一つ一つを取り上げると、有り得ない、と思う。そう思わない人間がいるとしたら、わたし以上の欠陥人間だろう。
しかし、それらは全て現実と化している。
人生とは、そういうものなのだ。
監禁生活初日から、わたしは一歩もバスルームの外に出ていない。食事も、排泄も、睡眠も、ずっとその空間の中で済ませている。
死体から立ち昇る悪臭には食欲が失せた。排水溝に排泄をするのには抵抗があった。安眠するには寒すぎた。それでも、一週間が経ったころには慣れた。
相葉先生はわたしに妄りに干渉しない。勤務のために家を空けている間は、一人の時間が確保できる。五人にいじめられることも、フレデリカさんに絡まれることも、ケンのセックスに付き合わされることもない。
唯一、娯楽が一切与えられないのが不満だったが、わたしは妄想という代替手段を発見した。そのおかげで、二週間が経ったころには、新生活への適応を完了できた。住めば都、というやつだ。
厳密には一人ではない。先生が殺し、持ち帰った獲物、その仮置き場兼解体場所がバスルームだからだ。キッチンには三台の冷蔵庫と二台の冷凍庫があるらしく、基本的には、解体した死体はそこに保存されている。しかし、スケジュールや体力などの関係から、解体が間に合わない場合もある。日中がまだ夏のように暑かったころは、夜遅くまで解体作業に励むなど、その日のうちに冷蔵庫冷凍庫に収めるように努めていた。カレンダーが一枚めくれて、秋も深まりを見せ始めると、一日二日と平気で放置するようになった。
バスルームに運び込まれてくる死体は、若い女性ばかりだ。もう少し具体的に言うと、若い人だと中学生くらいから、歳をとっていても三十代まで。先生はいつの日か、「女性の方が男性よりも肉が柔らかい」と話してくれたことがあった。だから、多分そういうことなのだろう。
死体と共に過ごす時間、わたしはバスルームに運び込まれた人間が死んだ経緯や、その死因について考察した。あるいは、生前について想像を巡らせた。ルームメイトという設定のもとに話しかけることもあった。寂しさのあまり、ではない。暇潰しに人形相手に話をする感じ、とでも説明すれば、最も正確なのではないかと思う。
「あなた、名前は?」
「趣味はなに?」
「恋人はいるの?」
死体らしく、彼女たちは一言も答えない。だからこそ想像力は掻き立てられ、妄想は膨らんだ。死体のプロフィールを明かさないという先生の対応は、ファインプレーなのかもしれない。
解体作業において、死体は真っ先に頭部を切り落とされる。端的に言えば、非人間化。従って、殺される前は生きている一人の人間だったのだ、という前提のもとでの会話が難しい場合も少なくなかった。それでもわたしは、基本的には細かいことは気にせずに話しかけたし、質問した。所詮は暇潰しのお人形遊び。話し相手と見なせる物体が目の前に存在しさえすれば、ひとまず会話は成り立った。
一度だけ、顔見知りの死体が運ばれてきたことがあった。
「……中条さん」
恐怖の表情で虚空を睨むその全裸死体は、クラスメイトの中条さんで間違いなかった。
「あら。この子、ユエちゃんの知り合い?」
「はい、クラスメイトです。親しくはなかったのですが」
「そう」
先生は中条さんの頭部と四肢を胴体から切り離し、摘出した内臓をゴミ袋に詰め、バスルームから出て行った。
「中条さん、どうして外を出歩いたりなんかしたの? 世間では、まだ『右傾化する日本』が健在ということになっているんでしょう? 加えて、ショッピングモールで大量殺人があったのに」
人間として大切な部分を失ったことで、死体から肉塊に降格した感のある中条さんに、わたしは話しかける。当たり前だが、返事はない。しかし、その口が一切を語らずとも、迂闊にも屋外を出歩いた理由はおおむね察しがつく。
まさか自分が殺されるとは思ってもみなかったのだ。殺人鬼がいつどこで出没するか分からないとはいえ、他にも平気で外を歩いている人が大勢いるのに、よりにもよって私が殺される人間に選ばれるはずがない。中条さんはそうたかを括っていたのだ。
中条さんなりに気をつけていたのかもしれない。友だちや家族には「外に行くときは気をつける」と明言していただろう。しかし、心の底では侮っていた。自分は犠牲者になるはずがないと、根拠もないのに思い込み、信じ切っていた。
人生とはそういうものだ。
たとえば、性欲旺盛なシリアルキラーと同居する羽目になる。
たとえば、若く優しい女教師がカニバリストだった。
たとえば、隣人がスカトロもののAVに出演している。
たとえば、感情をほとんど覚えない欠陥人間に生まれついた。
一つ一つを取り上げると、有り得ない、と思う。そう思わない人間がいるとしたら、わたし以上の欠陥人間だろう。
しかし、それらは全て現実と化している。
人生とは、そういうものなのだ。
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