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エピローグ中編
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一人の時間に慣れると、生活に格別の不満はなくなった。待遇は、監禁されている身分にしてはよかったのも一因だろう。食事は毎日三食もらえたし、毛布も与えられた。トイレットペーパーはなかったが、排泄後はシャワーで洗い流せばいい。歯磨きもできた。死体が置かれていないときはシャワーを浴びられたし、湯に浸かることも許された。解体作業が重労働であることを理由に、先生がわたしに手伝いを命じることはまずない。
「そこの糸鋸、ちょっと取ってくれる?」
「そっちに落ちている内臓の欠片、悪いけど排水口に捨てといて」
せいぜいその程度で。
首輪から絶対に逃れられないこと。バスルームの中から一歩も出られないこと。屋外の空気を吸えないこと。細かい不満ならばいくつもあるが、仕方ない、と割り切れるレベルではあった。
もちろん、ただ監禁されるばかりではない。食べられるために先生の家まで連れてこられたわたしは、食べられる。中条さんやその他の女性のように殺されて・解体されて・調理されて食されるのではなく、生かされたまま・少しずつ・生のままで。
先生が使う刃物は、グロテスクな動画の中で中南米のならず者が好んで用いる、マチェーテによく似ていた。その巨大な刃を、水平に構えて、人体から肉を削ぎ取り、生食するのだ。フグの刺身のような薄さと大きさに切り取ったものを、一枚、あるいは二枚、多くても三枚。それが毎日続く。
感情をほとんど覚えないわたしも、痛みは感じる。好悪も感じる。
痛い。嫌だ。これがずっと続く。嫌だ。しかし、逃れられない。嫌だ。先生はわたしが死ぬまで日課をやめないだろう。嫌だ。
先生から受ける拷問めいた嗜虐行為は、たしかに痛いし、嫌だ。一方で、絶叫するとか、発狂するとか、その水準の痛みや嫌悪ではないのも事実。
極限状況に置かれても、欠陥人間は欠陥人間のままらしい。
先生は絆創膏やガーゼなどで、止血処置を適切に施してくれた。痛かったね、などの、最低限の労りの言葉をかけてくれた。食事など、生きるための最低限の配慮は怠らなかった。食肉用の家畜だと考えれば、まずまずの待遇といえるだろう。
そう、家畜。
先生は明らかに、わたしを動物扱いをしている。監禁以来、わたしに向かって無駄話をほとんどしなくなったのが、その証拠だ。
「たくさん食べるのよ」
「今日も寒いね」
「少し調子が悪いのかな?」
そういった言葉であれば、一日に二度や三度は投げかけられる。しかし、片想いをしている異性のことや、仕事上の悩みや、面白かった漫画などについては、絶対に話さない。なぜならば、相葉先生にとってわたしは家畜だから。家畜は、人間の恋愛を理解しないし、仕事の悩みには共感しないし、漫画は読まない。だから、その話はしない。
食用の家畜という立場を自覚するたびに、セットで胸に浮上する疑問がある。
なぜわたしだけが、生かされながら食べられているのだろう? 中条さんや他の犠牲者のように、さっさと殺さないのはなぜ?
その疑問を口にしたとしても、先生はわたしを家畜と見なしているのだから、耳を貸さないだろう。正答を得たいならば、自力で導き出すしかない。
人肉に限らず、肉は新鮮なものが一番美味だ。新鮮な人肉を味わいたいならば、食用の人間を自宅で飼育すればいい。ただ、生きた人間は管理が難しいという難点がある。二人の生きた人間を同じ場所に閉じ込めておけば、脱出のための知恵を出し合い、結果として目的を遂げないとも限らない。バスルームはそもそも、人体を解体する作業場だから、スペースは常に確保しておきたい。従って、監禁しておくのは一人だけ。冷蔵冷凍した肉も充分に美味なのだし、獲物を捕獲できなかった場合のことも考えて、生きた人間の肉は毎日少しだけ食べるに留めておこう。相葉先生はそう考えたのだろう。
初めはその解釈が正しいと思った。しかし、「獲物を捕獲できなかった場合のことも考えて」という点が引っかかる。相葉先生ほどの剣術と知能と行動力と精神的なタフさがあれば、生きた人間を調達するのはさほど難しくないはずだ。事実、わたしを監禁したあとも、四・五日の一体のペースで人間の死体を持ち帰っている。それにもかかわらず、もったいぶるような食べ方をしているのはなぜなのか。
美味なものは美味であるがゆえに、一度に大量に食べるのをあえて控えている? その解釈はおそらく間違っている。人肉が食べたいから殺人鬼になるという、短絡的な決断をした事実からも分かるように、先生は堪え性がない。殺人鬼になるという代償を支払ってまで食べたいと願った大好物を前にして、我慢強く振る舞える人ではないはずだ。
他の誰でもなく、等々力夕映という人間だからこそ、特別扱いを受けている。
我ながら自惚れにも思える、その仮定をもとに考察を推し進めると、真実の光が見えた。
食用という観点から考えた場合、わたしは魅力を欠いている。若いから肉質は柔らかいが、痩身だから食べられる部位に乏しい。食用にされることを前提に育ってきたわけではないから、味や風味や食感などは並だろう。先生はいつの日か、乳房をソテーして抹茶塩で食べるのが好きだ、と独り言を漏らしていたが、わたしのおっぱいは小学生のように小さい。高校生の女子らしくふっくらとした肉づきで、おっぱいも大きい中条さんの方が、食肉としては断然上質だろう。
つまり、わたしが優遇されている理由は、それ以外。
「そこの糸鋸、ちょっと取ってくれる?」
「そっちに落ちている内臓の欠片、悪いけど排水口に捨てといて」
せいぜいその程度で。
首輪から絶対に逃れられないこと。バスルームの中から一歩も出られないこと。屋外の空気を吸えないこと。細かい不満ならばいくつもあるが、仕方ない、と割り切れるレベルではあった。
もちろん、ただ監禁されるばかりではない。食べられるために先生の家まで連れてこられたわたしは、食べられる。中条さんやその他の女性のように殺されて・解体されて・調理されて食されるのではなく、生かされたまま・少しずつ・生のままで。
先生が使う刃物は、グロテスクな動画の中で中南米のならず者が好んで用いる、マチェーテによく似ていた。その巨大な刃を、水平に構えて、人体から肉を削ぎ取り、生食するのだ。フグの刺身のような薄さと大きさに切り取ったものを、一枚、あるいは二枚、多くても三枚。それが毎日続く。
感情をほとんど覚えないわたしも、痛みは感じる。好悪も感じる。
痛い。嫌だ。これがずっと続く。嫌だ。しかし、逃れられない。嫌だ。先生はわたしが死ぬまで日課をやめないだろう。嫌だ。
先生から受ける拷問めいた嗜虐行為は、たしかに痛いし、嫌だ。一方で、絶叫するとか、発狂するとか、その水準の痛みや嫌悪ではないのも事実。
極限状況に置かれても、欠陥人間は欠陥人間のままらしい。
先生は絆創膏やガーゼなどで、止血処置を適切に施してくれた。痛かったね、などの、最低限の労りの言葉をかけてくれた。食事など、生きるための最低限の配慮は怠らなかった。食肉用の家畜だと考えれば、まずまずの待遇といえるだろう。
そう、家畜。
先生は明らかに、わたしを動物扱いをしている。監禁以来、わたしに向かって無駄話をほとんどしなくなったのが、その証拠だ。
「たくさん食べるのよ」
「今日も寒いね」
「少し調子が悪いのかな?」
そういった言葉であれば、一日に二度や三度は投げかけられる。しかし、片想いをしている異性のことや、仕事上の悩みや、面白かった漫画などについては、絶対に話さない。なぜならば、相葉先生にとってわたしは家畜だから。家畜は、人間の恋愛を理解しないし、仕事の悩みには共感しないし、漫画は読まない。だから、その話はしない。
食用の家畜という立場を自覚するたびに、セットで胸に浮上する疑問がある。
なぜわたしだけが、生かされながら食べられているのだろう? 中条さんや他の犠牲者のように、さっさと殺さないのはなぜ?
その疑問を口にしたとしても、先生はわたしを家畜と見なしているのだから、耳を貸さないだろう。正答を得たいならば、自力で導き出すしかない。
人肉に限らず、肉は新鮮なものが一番美味だ。新鮮な人肉を味わいたいならば、食用の人間を自宅で飼育すればいい。ただ、生きた人間は管理が難しいという難点がある。二人の生きた人間を同じ場所に閉じ込めておけば、脱出のための知恵を出し合い、結果として目的を遂げないとも限らない。バスルームはそもそも、人体を解体する作業場だから、スペースは常に確保しておきたい。従って、監禁しておくのは一人だけ。冷蔵冷凍した肉も充分に美味なのだし、獲物を捕獲できなかった場合のことも考えて、生きた人間の肉は毎日少しだけ食べるに留めておこう。相葉先生はそう考えたのだろう。
初めはその解釈が正しいと思った。しかし、「獲物を捕獲できなかった場合のことも考えて」という点が引っかかる。相葉先生ほどの剣術と知能と行動力と精神的なタフさがあれば、生きた人間を調達するのはさほど難しくないはずだ。事実、わたしを監禁したあとも、四・五日の一体のペースで人間の死体を持ち帰っている。それにもかかわらず、もったいぶるような食べ方をしているのはなぜなのか。
美味なものは美味であるがゆえに、一度に大量に食べるのをあえて控えている? その解釈はおそらく間違っている。人肉が食べたいから殺人鬼になるという、短絡的な決断をした事実からも分かるように、先生は堪え性がない。殺人鬼になるという代償を支払ってまで食べたいと願った大好物を前にして、我慢強く振る舞える人ではないはずだ。
他の誰でもなく、等々力夕映という人間だからこそ、特別扱いを受けている。
我ながら自惚れにも思える、その仮定をもとに考察を推し進めると、真実の光が見えた。
食用という観点から考えた場合、わたしは魅力を欠いている。若いから肉質は柔らかいが、痩身だから食べられる部位に乏しい。食用にされることを前提に育ってきたわけではないから、味や風味や食感などは並だろう。先生はいつの日か、乳房をソテーして抹茶塩で食べるのが好きだ、と独り言を漏らしていたが、わたしのおっぱいは小学生のように小さい。高校生の女子らしくふっくらとした肉づきで、おっぱいも大きい中条さんの方が、食肉としては断然上質だろう。
つまり、わたしが優遇されている理由は、それ以外。
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