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エピローグ後編
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人間が人間を食べる理由は、カニバリストの数だけあると言っても過言ではない。
相葉先生の場合、わたしを愛するあまり一体化したかった、というわけではないはずだ。逆に、復讐するのが目的でもない。
結果的にじわじわと痛めつける形にはなっているものの、嗜虐心を満たしたいがために、ということではないはずだ。行為の最中の彼女の言動を見る限り、彼女はサディストではない。痛めつけて、苦しむ被害者の反応を見て恍惚感に浸りたいのであれば、情緒面に欠陥があり、声にも顔にもめったに感情を表さないわたしほど、虐げられる役として不適当な人間はいないだろう。
だとすれば、残るは呪術的な意味。
呪術的、と一口に言ってもニュアンスは様々だ。おそらく先生の場合は、食べることによって物理的に体内に取り入れ、他者の肉体を自らの肉体の一部とすることで、その人物が持つ能力を我が物にしようとしている。毎日毎日、少しずつ少しずつ摂取することで、異物を自らの体に馴染ませようとしている。
では、取り入れようとしている能力とは?
考えるまでもない。感情をほとんど覚えない特性、これ以外に有り得ない。
先生にとって、その特性のどこが魅力的なのだろう? 保持者であるわたし自身には、マイナスの要素が圧倒的に多いように思えるその能力の、どこに利点を見出したのだろう?
現時点で最もしっくり来ている推理は、感情に動きが少なければ少ないほど犯行に役立つ、と考えている可能性だ。機械のように、対象になんの感情を抱くこともなく行動できれば、目的を遂げる確率を高められるし、作業を速やかにこなせる。だから、その能力が欲しい。死体を非人間化するために、真っ先に頭部を切断する。些細なことかもしれないが、束縛には違いない束縛からも解放され、より自由に行動を展開できる。
全ては、犯行の質を少しでも高め、活動を末永く継続させ、一グラムでも多くの人肉を胃の腑に収容するために。
飽くなき欲望。飽くなき向上心。飽くなきエゴイズム。
それは、真正の狂気、と呼ぶべきものなのかもしれない。
振り返ってみれば、わたしが関わってきた異常者は、フレデリカさんの言葉を借りるならば「やばいやつ」は、みなそうだった。等々力夕映という、お気に入りのセックスパートナーの機嫌を取るために、一家を皆殺しにしたり、ショッピングセンターで無差別大量殺人を引き起こしたりした、ケン。ケンの狂気を察知しながら、自らの意思で彼へと接近を試みた、フレデリカさん。
わたしだって似たようなものだ。いじめっ子を殺すためにケンを利用した。胡乱な言動を示したフレデリカさんをケンに消させた。ケンが用済みになったあとの世界を見据えて、彼と縁を切ることを模索した。身勝手さでいえば、ケンやフレデリカさんや相葉先生にも負けずとも劣らない。
我を通すのを最優先に行動するがゆえに、異常者と異常者は相容れない。並び立てない。ぶつかり合って、殺し合って、勝者のみが未来へと駒を進める。肥大化する一方の欲望を満足させるために、脇目も振らずに邁進し、やがてまたどこかで新たなる異常者と衝突する。
わたしは弱かった。
弱かったから、異常者同士の争いに敗れた。
その結果として、エゴイズムの餌食になり、死に、夢は儚くも霧消する。
穏やかな暮らしを送るという、ケンやフレデリカさんや相葉先生のそれと比べると、笑ってしまうくらいにささやかな夢は。
長引く監禁生活。肉体を削り取られること。未来には絶望しか待っていない、という絶望。これら三つの影響により、心身の疲労はいよいよ末期的になってきた。そのせいか、わたしは最近、自らの死を頻繁に意識している。
グロテスクなコンテンツに触れる習慣を持っていたころは、死という現象や恐怖という感情を理解したいと思っていた。死という現象が恐怖という感情を呼び寄せてくれるに違いないと、大いに期待していた。
しかし、実際はどうだろう。
今、わたしは近い将来に確実に死ぬと理解している。それにもかかわらず、恐怖は微塵も覚えていない。死ぬのは嫌だな、怖いな、と思うものの、思うだけ。心臓は平常通りに鼓動を刻んでいるし、夜は不安感から一睡もできない、などということもない。長期にわたる監禁の影響で、監禁前よりも体力が磨り減り、肉体的にも磨り減っただけだ。
第一の目的の陰に隠れて、これまではさほど頻繁に、なおかつ、さほど強くは意識してこなかったが、「感情とはなにか?」を探求するのも、わたしの生涯における目的の一つだ。
果たせないまま、わたしは死ぬことになりそうだ。
その無念を、本当の意味で無念だとは思えない、表層的にしか無念だと思えない、わたしという人格。
なにか得るものがあるとしたら、死ぬ瞬間だろう。
そのなにかは、わたしにとって意義深いものなのだろうか?
それは、死ぬ瞬間が訪れない限り、絶対に明らかにならないだろう。というか、そもそも、わたしはできれば死にたくない。
ある雨の日、先生が珍しく、わたしを人間と見なして話してくれたところによると、先生は二代目「右傾化する日本」として、自分が食べる以外の人間も殺しているという。
この事実は、この街に住む人間にとっては紛れもなく絶望だろう。反面、わたしにとってはほのかな希望だ。先生が犯行に及ぶ機会が増えれば増えるほど、先生が逮捕される確率が上昇するからだ。
ただ、その時が来るまで、わたしの体力が持つかどうか。
――などと考えていると、バスルームのドアが開いて、相葉先生が姿を見せた。右手に握りしめた文化包丁の刃が、蛍光灯の光を受けて鈍色に煌めく。
「最近はすっかり警戒が厳重になって、新規の獲物がなかなか手に入らないの。困ったことにね」
わたしの眼前に屈む。数十センチ先にある顔に貼りついてるのは、薄っぺらな、なにかが壊れた笑み。
「だから私、決めたの。今日のディナーのメインディッシュは、奮発して、心臓の踊り食いにしようって」
さて、最後のチャンスをものにして、わたしは恐怖を感じることができるのだろうか?
相葉先生の場合、わたしを愛するあまり一体化したかった、というわけではないはずだ。逆に、復讐するのが目的でもない。
結果的にじわじわと痛めつける形にはなっているものの、嗜虐心を満たしたいがために、ということではないはずだ。行為の最中の彼女の言動を見る限り、彼女はサディストではない。痛めつけて、苦しむ被害者の反応を見て恍惚感に浸りたいのであれば、情緒面に欠陥があり、声にも顔にもめったに感情を表さないわたしほど、虐げられる役として不適当な人間はいないだろう。
だとすれば、残るは呪術的な意味。
呪術的、と一口に言ってもニュアンスは様々だ。おそらく先生の場合は、食べることによって物理的に体内に取り入れ、他者の肉体を自らの肉体の一部とすることで、その人物が持つ能力を我が物にしようとしている。毎日毎日、少しずつ少しずつ摂取することで、異物を自らの体に馴染ませようとしている。
では、取り入れようとしている能力とは?
考えるまでもない。感情をほとんど覚えない特性、これ以外に有り得ない。
先生にとって、その特性のどこが魅力的なのだろう? 保持者であるわたし自身には、マイナスの要素が圧倒的に多いように思えるその能力の、どこに利点を見出したのだろう?
現時点で最もしっくり来ている推理は、感情に動きが少なければ少ないほど犯行に役立つ、と考えている可能性だ。機械のように、対象になんの感情を抱くこともなく行動できれば、目的を遂げる確率を高められるし、作業を速やかにこなせる。だから、その能力が欲しい。死体を非人間化するために、真っ先に頭部を切断する。些細なことかもしれないが、束縛には違いない束縛からも解放され、より自由に行動を展開できる。
全ては、犯行の質を少しでも高め、活動を末永く継続させ、一グラムでも多くの人肉を胃の腑に収容するために。
飽くなき欲望。飽くなき向上心。飽くなきエゴイズム。
それは、真正の狂気、と呼ぶべきものなのかもしれない。
振り返ってみれば、わたしが関わってきた異常者は、フレデリカさんの言葉を借りるならば「やばいやつ」は、みなそうだった。等々力夕映という、お気に入りのセックスパートナーの機嫌を取るために、一家を皆殺しにしたり、ショッピングセンターで無差別大量殺人を引き起こしたりした、ケン。ケンの狂気を察知しながら、自らの意思で彼へと接近を試みた、フレデリカさん。
わたしだって似たようなものだ。いじめっ子を殺すためにケンを利用した。胡乱な言動を示したフレデリカさんをケンに消させた。ケンが用済みになったあとの世界を見据えて、彼と縁を切ることを模索した。身勝手さでいえば、ケンやフレデリカさんや相葉先生にも負けずとも劣らない。
我を通すのを最優先に行動するがゆえに、異常者と異常者は相容れない。並び立てない。ぶつかり合って、殺し合って、勝者のみが未来へと駒を進める。肥大化する一方の欲望を満足させるために、脇目も振らずに邁進し、やがてまたどこかで新たなる異常者と衝突する。
わたしは弱かった。
弱かったから、異常者同士の争いに敗れた。
その結果として、エゴイズムの餌食になり、死に、夢は儚くも霧消する。
穏やかな暮らしを送るという、ケンやフレデリカさんや相葉先生のそれと比べると、笑ってしまうくらいにささやかな夢は。
長引く監禁生活。肉体を削り取られること。未来には絶望しか待っていない、という絶望。これら三つの影響により、心身の疲労はいよいよ末期的になってきた。そのせいか、わたしは最近、自らの死を頻繁に意識している。
グロテスクなコンテンツに触れる習慣を持っていたころは、死という現象や恐怖という感情を理解したいと思っていた。死という現象が恐怖という感情を呼び寄せてくれるに違いないと、大いに期待していた。
しかし、実際はどうだろう。
今、わたしは近い将来に確実に死ぬと理解している。それにもかかわらず、恐怖は微塵も覚えていない。死ぬのは嫌だな、怖いな、と思うものの、思うだけ。心臓は平常通りに鼓動を刻んでいるし、夜は不安感から一睡もできない、などということもない。長期にわたる監禁の影響で、監禁前よりも体力が磨り減り、肉体的にも磨り減っただけだ。
第一の目的の陰に隠れて、これまではさほど頻繁に、なおかつ、さほど強くは意識してこなかったが、「感情とはなにか?」を探求するのも、わたしの生涯における目的の一つだ。
果たせないまま、わたしは死ぬことになりそうだ。
その無念を、本当の意味で無念だとは思えない、表層的にしか無念だと思えない、わたしという人格。
なにか得るものがあるとしたら、死ぬ瞬間だろう。
そのなにかは、わたしにとって意義深いものなのだろうか?
それは、死ぬ瞬間が訪れない限り、絶対に明らかにならないだろう。というか、そもそも、わたしはできれば死にたくない。
ある雨の日、先生が珍しく、わたしを人間と見なして話してくれたところによると、先生は二代目「右傾化する日本」として、自分が食べる以外の人間も殺しているという。
この事実は、この街に住む人間にとっては紛れもなく絶望だろう。反面、わたしにとってはほのかな希望だ。先生が犯行に及ぶ機会が増えれば増えるほど、先生が逮捕される確率が上昇するからだ。
ただ、その時が来るまで、わたしの体力が持つかどうか。
――などと考えていると、バスルームのドアが開いて、相葉先生が姿を見せた。右手に握りしめた文化包丁の刃が、蛍光灯の光を受けて鈍色に煌めく。
「最近はすっかり警戒が厳重になって、新規の獲物がなかなか手に入らないの。困ったことにね」
わたしの眼前に屈む。数十センチ先にある顔に貼りついてるのは、薄っぺらな、なにかが壊れた笑み。
「だから私、決めたの。今日のディナーのメインディッシュは、奮発して、心臓の踊り食いにしようって」
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