切言屋

阿波野治

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遼の依頼④

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「それにしても、のどかちゃん。あんな貼り紙一枚で客が来ますかね」
「提案したの、パパでしょ」
「まあ、そうなんだけど。あるあるだと思うけど、閃いた瞬間が一番いいアイディアだった気がするんだよね。もちろんなにもやらないよりもましだろうけど、でも、さすがに一枚だけっていうのは、ちょっとどうなんだろう」
「勝手にあちこちに貼ると怒られるから、仕方ない」
「ねぇ。世知辛い世の中だ。ただでさえ人通りが少ない道なのに」
「車もね」
「そうだね。道幅が狭いから」

 草太朗はダイニングの隅、仏壇に置かれた遺影を一瞥した。のどかをずっと大人びさせた顔が、今朝バナナとスナック菓子を供えたときと同じ笑顔でそこにいる。
 こぼれそうになったため息をなんとか口内に押し留め、腕組みをする。
 視界の片隅では、のどかが文庫本で口元を覆い隠し、上目づかいに父親の顔をうかがっている。草太朗をそれに気づかないふりをして、ポテトチップスの袋にみたび手を伸ばしながら、

「菓子、のどかも食べなよ。小腹空いてないの?」
「いらない。パパが食べ出すと、パパのものって感じになっちゃうし、そもそもおなか空いてないし」
「のどかが小さいころからずっと思ってるんだけど」
「……なに?」
「よくそんな量の食事で満足できるよね。僕からしたら冗談かって思う。たしかに募集の貼り紙を貼り出したけど、今日明日の食事に窮するほどではないよ。その証拠に、ほら、ポテチだって買ってる」
「安いでしょ、お菓子なんて。ていうか、食べるなら手を洗ってからにして」
「えー? ここに来てそれを指摘する?」
「だって、汚い」
「きれい、きれい。お父さんの手は穢れをしらないから。抗菌成分が絶えず表皮を覆っていて、汚れや病原菌から皮膚をガード――」
「いいから、洗って」
「はいはい」

 よいしょ、と声に出して立ち上がった瞬間、インターフォンが鳴った。親子は顔を見合わせた。
 さらにもう一度、間を置かずに三度目が鳴らされる。
 のどかが目で「早く出て」と言っている。「手は洗わなくていいのかな」などと、どうでもいいことを思いながら玄関へ。

「はいはい、どなたさま――」
「あっ、あの!」

 ドアを開けるや否や、アップで視界に飛びこんできた顔が大声を浴びせてきたので、草太朗は目を丸くした。
 少年だ。公立高校の制服を着ていて、やんちゃさと真面目さが程よい塩梅で拮抗した印象。頬は紅潮していて、呼吸が少し速い。

「ドアに貼ってあった貼り紙――依頼募集の貼り紙? それを見たんですけど。ここは切言屋、さんですよね? 武元草太朗さんというかたが、切言屋の店主なんですよね。武元草太朗さんはどちらに――」
「僕だよ。僕が切言屋の武元草太朗。……もしかして、お仕事のご相談?」

 男子生徒は言いかけていた言葉を呑み込み、表情を凛々しく引きしめて首肯した。
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