切言屋

阿波野治

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遼の依頼⑦

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「不登校で、ひきこもりで、他人とは口をきかなくなった幼なじみの女の子、か。……なるほどね」

 草太朗はあごに手を添え、しかつめらしい顔で何度もうなずく。
 本音をいえば、顔をしかめて、腕組みをして、ため息を吐いてソファに背中を預けたいくらいだ。

 切言屋における説得は、基本的に口頭で行う。
 説得の対象が口をきいてくれないのに、草太朗に勝ち目はあるのか?
 母親と必要最小限の筆談をする程度、幼なじみとすらコミュニケーションを拒絶する相手の心のドアを、見ず知らずの中年男が開かせられるのか?
 しゃべらない相手をしゃべらせるのも説得の範疇。そう言ってしまえばそれまでなのだが……。

 草太朗は横目でのどかをうかがう。
 自分の手の爪を見下ろしている。ネイルもなにも塗っていない、適切な長さにカットされた爪。死ぬほど退屈ではないが、遼の話の内容に深く興味を持っているわけでもなさそうだ。
 普段どおりの娘の態度とはいえ、あと一歩でため息をつくところだった。

「俺が話せるのはそれだけです、切言屋さん。鉄は熱いうちに打てじゃないけど、今から美咲の家まで来てくれませんか? 美咲の両親にはまだなにも話していない――というか、たまたま貼り紙を見つけてすぐに相談させてもらったので、話す隙がそもそもなかったんですけど。とにかく、専門家である武元さんが駆けつけてくれたら、すごく心強いと思うんですよ」
「僕は全然構わないけど、いきなり押しかけるのはさすがに迷惑だね。遼くんは美咲ちゃんのご両親と連絡はとれる?」
「電話番号は知っています。おばさんは専業主婦だから、かけたら普通に通話できると思います。ちょっと電話してみますね」

 遼はスクールバッグから慌ただしくスマホを取り出し、電話をかける。繋がった。
 会話は淡々と進み、五分ほどで通話が切れる。

「ぜひとも会って話がしたい、今から来てくれても構わない、だそうです。『どういう職業のかた?』と訊かれたので、『切言屋さんです』って答えたらむちゃくちゃ怪しまれて、死ぬほど焦りましたけど」
「ははは、そっか。まあ、そうだよね。――のどかちゃん」

 娘の二の腕を指でつついて注意を引く。衣服越しとはいえ、許可もなくボディタッチをされたのが嫌だったのだろう。むっとした顔を向けた彼女の耳元に小声でささやく。

「のどかちゃんはどうするの?」
「どうするのって、なにが?」
 返すほうも小声だ。

「珍しくとぼけた発言をするね。いっしょに美咲ちゃんの家に行くのかっていう意味。見た感じ、乗り気じゃなさそうだけど」
「分かるんだ」
「パパはのどかのことはなんでもお見通しさ。そんなにそそられない? 『しゃべらなくなった少女の秘密』」
「ありがちだもの。不登校に、ひきこもりって」
「そう? 『究極の小説』のいいネタになると思ったんだけどな」

 これ以上に効果的と思われる説得の文言は、咄嗟には思い浮かばない。遼に急かされているこの状況、思案に時間はかけられない。そもそも、のどかを強いて同行させる理由はない。

「そういうことならしょうがない。パパ一人で行ってくるから、お留守番よろしく。頼んだよ」
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