切言屋

阿波野治

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草太朗の頼み②

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 「でも、隣で話を聞いていたから知っていると思うけど、美咲ちゃんは今他人と口をきけない。お母さんと必要最低限の筆談をするだけだ。仮にしゃべったとしても、もともと大人しくて真面目な子みたいだし、のどかはストレスを感じなくて済むと思う。むしろかなり話しやすい部類に入るんじゃないかな」

 説得するときのパパは教師のような口調になる、と思う。教師は教師でも、古い常識を振りかざして頭ごなしの説教をしてくる教師ではなく、生徒に舐められるが慕われもする類の教師のそれに。
 だからこそ、絡めとられてしまう。
 譲歩してしまう。
 説き伏せられてしまう。

 彼に説得される側の人間は、どの程度の割合、この原理に気がついているのだろう?
 ……気がついたところで、どうにかできるものではないのだけど。

「事前に道筋を示したほうがやりやすいのなら、必要なアドバイスをするよ。過度に責任を背負い込まなくて、やめたくなったら、途中で僕にバトンを渡してくれてもいいし。いい経験だと思って、挑戦してみてくれないかな?」
「……パパってほんとずるいよね」

 ため息はつかない。そうしてしまうと、負けを認めたことになる。草太朗はなんとも思わないだろうが、のどかは嫌だ。

「上手っていうか、ずるい。『究極の小説』のことがあるから、そう言えば心を動かされると思ってる。高を括って、舐めきってる」
「褒められているのか、けなされているのか、判断に迷うね」
「両方」
「おやおや。でもまあ、半分は褒められたわけだから、ありがとうと言っておこうかな」
「どういたしまして。ちなみに、断るって答えたら?」
「残念だけど僕だけでやるしかないね。でも、多少強引にでも引き受けてもらいたい気持ちはあるよ。僕も困るし、美咲ちゃんも困るし、ご家族のかたや遼くんだって困るから」

 他人を人質にとるような発言は草太朗にしては珍しい。
 それを理由に断ってやろうかと思ったが、ふと我に返って自分の心に向き合ってみて、提案にそう否定的な気持ちを抱いているわけではないと気がつく。
 わたしが引き受けないとパパが困るからじゃない。美咲やその家族、幼なじみの遼が悲しむからでもない。
 わたしは、わたしのために動く。

「そこまで言うなら、いいよ。やるだけやってみる。ほんの少しだけど、『究極の小説』のためにもなりそうだし」

 草太朗は破顔一笑して必要事項の説明に入った。
 子どものように無邪気に微笑みながら、滔々と言葉を並べるそのギャップは、嫌いではない。
 しっかりと相手の顔を、目を見て話す人だから、一瞬微笑してみせる隙もないけれど。
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