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草太朗の頼み①
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草太朗が娘になにか頼みごとを持ちかけるのは、決まって夕食が終わってから入浴をするまでの時間帯。テレビの音声をBGM代わりに、リビングのソファで各自が好き勝手なことをしているさなかだ。
のどかは生活リズムを乱されるのを嫌う。急な用事を頼まれることほど、彼女にとって嫌いなものはない。食事中にああだこうだしゃべりかけられるのも、入浴後に自室のドアを叩かれるのも。
用件がなんだろうと、関係がない。仮に自分にとって利益がもたらされる類の用事だとしても、機嫌が悪くなる。リズムが崩れるのがとにかく嫌なのだ。
話を持ちかけるのであれば、食事と入浴の狭間。その選択がもっとも波風が立たない。
草太朗はそれを経験から熟知している。
久々に依頼者が現れた今日という日は、絶対になんらかの話を振ってくる。太陽が東から昇って西に沈むくらい明白なことだ。
「のどかちゃん、ちょっといいかな」
食べ終えた菓子の袋をキッチンのごみ箱に捨て、リビングに戻ってきた草太朗が声をかけてきた。今朝見た滑稽な夢でもちょっと語ってやろうか、というような軽い調子だ。
ソファに寝そべり、修道院の歴史について解説した電子書籍をスマホで読んでいたのどかは、父親のほうは向かずに「なに?」と返す。
滑稽な夢について語りたいわけではないのは、もちろん分かっている。のどかは言葉数を費やすのが好きではないから、指摘しないだけだ。
外からは分からないように、心も体も少し緊張させておく。なにを言われてもいいように備える。
「美咲ちゃんのお母さんからさっき電話があった。会社から帰った旦那さんと相談して、僕に美咲ちゃんの説得を依頼することに決めたんだって。だから、明日の夕方にさっそく行こうと思っているんだけど、説得役はのどかに頼みたいんだ」
絶句してしまった。
振ってきた話題は予想どおりだ。しかし、まさか、自分が主役に抜擢されるとは。
「驚いているね。ま、無理もないかな。どうしてこの判断に至ったかというとね――」
理由の説明に入る。リラックスした表情、淀みのない弁舌。脳内原稿を彼なりに感情を込めて読み上げているとも、頭に浮かんだ言葉を深い考えもなしに口にしているともつかない。
男性不信かもしれないという推理も、だから草太朗ではなくのどかに説得を任せるというのも、とりあえずは納得がいく。
ただ、気持ちよく「分かった、引き受ける」と答えられるかというと、話は別だ。黙り込む、というやりかたで消極的に難色を示したところ、
「のどかは人と話すのが得意じゃないから、不安な気持ちは理解できるよ」
娘相手に説得を試みてきた。草太朗本人はそのつもりはないのかもしれないが、のどかはその雰囲気をひしひしと感じた。
のどかは生活リズムを乱されるのを嫌う。急な用事を頼まれることほど、彼女にとって嫌いなものはない。食事中にああだこうだしゃべりかけられるのも、入浴後に自室のドアを叩かれるのも。
用件がなんだろうと、関係がない。仮に自分にとって利益がもたらされる類の用事だとしても、機嫌が悪くなる。リズムが崩れるのがとにかく嫌なのだ。
話を持ちかけるのであれば、食事と入浴の狭間。その選択がもっとも波風が立たない。
草太朗はそれを経験から熟知している。
久々に依頼者が現れた今日という日は、絶対になんらかの話を振ってくる。太陽が東から昇って西に沈むくらい明白なことだ。
「のどかちゃん、ちょっといいかな」
食べ終えた菓子の袋をキッチンのごみ箱に捨て、リビングに戻ってきた草太朗が声をかけてきた。今朝見た滑稽な夢でもちょっと語ってやろうか、というような軽い調子だ。
ソファに寝そべり、修道院の歴史について解説した電子書籍をスマホで読んでいたのどかは、父親のほうは向かずに「なに?」と返す。
滑稽な夢について語りたいわけではないのは、もちろん分かっている。のどかは言葉数を費やすのが好きではないから、指摘しないだけだ。
外からは分からないように、心も体も少し緊張させておく。なにを言われてもいいように備える。
「美咲ちゃんのお母さんからさっき電話があった。会社から帰った旦那さんと相談して、僕に美咲ちゃんの説得を依頼することに決めたんだって。だから、明日の夕方にさっそく行こうと思っているんだけど、説得役はのどかに頼みたいんだ」
絶句してしまった。
振ってきた話題は予想どおりだ。しかし、まさか、自分が主役に抜擢されるとは。
「驚いているね。ま、無理もないかな。どうしてこの判断に至ったかというとね――」
理由の説明に入る。リラックスした表情、淀みのない弁舌。脳内原稿を彼なりに感情を込めて読み上げているとも、頭に浮かんだ言葉を深い考えもなしに口にしているともつかない。
男性不信かもしれないという推理も、だから草太朗ではなくのどかに説得を任せるというのも、とりあえずは納得がいく。
ただ、気持ちよく「分かった、引き受ける」と答えられるかというと、話は別だ。黙り込む、というやりかたで消極的に難色を示したところ、
「のどかは人と話すのが得意じゃないから、不安な気持ちは理解できるよ」
娘相手に説得を試みてきた。草太朗本人はそのつもりはないのかもしれないが、のどかはその雰囲気をひしひしと感じた。
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追記:2025/09/20
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コメント頂けるとするかもしれないです。
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