切言屋

阿波野治

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遼の聞き込み①

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 結城遼は世間というものを知らない。

 遼はファストフード店くらいなら一人でも入れるが、個人経営の喫茶店に入ったのは昨日が初めてだった。味は二の次という先入観は、草太朗にすすめられたいちごのショートケーキを一口食べた瞬間に吹き飛んだ。

 切言屋という、人を説得することで生計を立てている人間がいるのも初耳だった。切言屋の仕事で、親子二人で暮らしていくだけの生活費は充分に稼げているということも。切言という言葉が存在することや、その単語がどんな意味なのかも、武元親子が住まうアパートから帰る道中に草太朗から教えられて初めて知った。

 不登校だとかひきこもりだとかいった、世間からはなにかと白い目で見られがちな立場に、身近な人間が呆気なく陥ってしまう現実も、心の深い部分では信じきれていなかったという意味では、遼はまぎれもない世間知らずだ。
 大人しくて、口数はそう多くないが、幼なじみ相手には気兼ねなく言葉を交わす。そんな少女が、母親と筆談する以外には人とまったくコミュニケーションをとろうとしなくなるなど、想像もしていなかった。

 美咲は、なにが・どう狂って・ああなってしまったんだ?

 ……分からない。
 これまでに何百回、何千回と考えては見たものの、真相は闇の中。世間知らずの俺には掴めそうにない。

 ただし、足掻くことならばできる。
 ただ足掻くだけでも意味はあるはずだ。少なくとも、解決を諦めて努力を放棄するよりもいい。断然いい。

 謎の答えに少しでも近づくために、今はやれることをやろう。
 遼が考えるべき「今やれること」は、ない知恵を絞って解決策について考えることではない。行動することだ。

 
 

* * * 


「伊東!」
 目的の教室にたどり着くや否や、遼は戸口に顔を突っ込み、廊下側最前列の席に着く男子生徒の名前を呼んだ。

「なんだよ、いきなり。ていうか、久しぶりだな。駅前で偶然会って、いっしょにマック食ったとき以来か?」

 スマホで音楽を聴いていたらしい伊東は、イヤホンを外したその指で黒縁眼鏡のフレームを押し上げた。邪魔をされたのは不愉快だが、遼とは親しくないわけではないし、なにか用事があるようだから話くらいは聞いてやろう。そんなリアクションだ。

 遼が伊東に白羽の矢を立てたのは、美咲のクラスの生徒で美咲以外にもっとも気心が知れた相手だからだが、それだけではない。
 色白の細面に、いささか古めかしい黒縁眼鏡をかけた伊東は、人からは理知的な人物に見られやすい。実際、成績では常にクラスでも学年でも上位に入っているから、その評価は間違っていない。

 一方で、その顔の裏に、眉をひそめるような嗜癖を隠し持っている。
 噂好きなのだ。
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