切言屋

阿波野治

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草太朗と弥生②

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 草太朗は見ている弥生の心まで融けてしまいそうな、だらけきった微笑を維持したまま、顔を見つめてくる。さっそく本題に入るのかと思いきや、

「『別の意味』がどういうことか、弥生ちゃんに分かるかな? ようするに、満員電車に乗るときの恐怖感だね。ストレートに言っちゃえば、痴漢に間違われるんじゃないかっていう危惧の念。若い女の人と物理的に近づくと、どうしても緊張しちゃって。飲食店とかで、相席前提の大人数用のテーブルに座ったときなんて、女の人が自分の席の近くを通るたびに全身が強張っちゃうよ。箸まで止まっちゃう。逆に安心するのは、肉体労働に従事している男性かな。その手の人たちって、飲食店には空腹を満たしに来ているだけだから、周りの客には無関心なんだよね。子どものころは、ガテン系っていうのかな、そういう人たちのほうが怖い感じがしたけど、いつの間にか逆に安心するようになったっていう。僕も歳をとったよなぁ。もう三十九だよ、三十九。あと一年足らずで四十の大台。僕、人生の折り返し地点は四十歳っていう意識があって。ほら、日本人の平均寿命は八十歳過ぎでしょ。だから、だいたい四十で半分かなって。弥生ちゃんの両親とほぼ同年代かな? もう中学生とか高校生の子どもがいう年齢なんだって思うと、月日が流れるのはあっという間だって思うよ。……なんて、こんなふうに年齢についてあれこれ語っている時点で、立派なおっさんなわけですが」
「話のオチは?」
「オチ? ああ、ごめん。弥生ちゃんとは初対面だから、まずは世間話からと思って、だらだら話していただけだから。僕は切言屋っていう、言葉を武器にした仕事で生計を立てているけど、雑談力に関してはそんなに高くないのかもしれないね。あはは」

 なに、この人。
 草太朗と話をしてみての弥生の率直な感想だ。
 この男、緊張感がまるでない。こんな人間が美咲を救えるのかと、不安になる。
 今はまだオープニングトークのさなか。次なるフェイズに移行すれば雰囲気が変わるのかもしれないが、現時点での期待感は乏しい。ポジティブな要素としては、悪人ではなさそうだ、くらいのもので。

 草太朗はしゃべるのをやめて周囲を見回している。「どうしたんですか?」と尋ねると、

「いい匂いがするけど、出所はどこだろう」
「ああ、やきとりの。あそこですね。移動式の屋台」
「やきとり! いいなー。僕も食いたい」

 草太朗は瞳を爛々と輝かせて屋台を見つめている。まるでショーケースの中に飾られたおもちゃを目の当たりにした子どもだ。
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