切言屋

阿波野治

文字の大きさ
60 / 113

草太朗と弥生①

しおりを挟む
 待ち合わせ場所に指定されたのは、市街地を走る市道に面した小さな公園だった。
 置かれている遊具は、ブランコと、すべり台と、シーソーのみ。それ以外には、ペンキが剥げている部分のほうが多い白い木製ベンチ。隅のスペースが余っていたから作ってみました、というようなちっぽけな砂場。以上の二つのみだ。

 武元草太朗は、まだ来ていない

 場所を間違えたのかと思ったが、遼から目印だと教えられた地方銀行の建物は、片側二車線道路の対岸で看板を掲げている。
 スマホで確認すると、待ち合わせ時間までまだ五分ある。騙されたと喚くのは十五分後くらいからでも遅くない。

 二台あるブランコのうち、錆びつきがましなほうに綿貫弥生は腰を下ろす。ほんの少し漕いでみたが、特に面白くはない。
 小さくため息をつき、周囲を観察する。
 公園の前の通りを行き交う車、通行人、ともに多い。公園の敷地を囲うフェンスの類は設けられておらず、歩道からは園内が丸見えになっている。一人ブランコに座る弥生に注目する者は誰一人としていない。

 隣接するスーパーマーケットの駐車場に移動式屋台が停まっていて、やきとりの匂いが風とともに流れてくる。加熱されたしょうゆの匂いの主張が強いが、風がやむと嘘のように匂わなくなる。そうすると、なぜか妙にさびしい気持ちになる。
 まるで、この世界から三下り半を突きつけられたかのような。

「……馬鹿みたい」

 弥生は声に出してつぶやく。つぶやかずにはいられない。

「みたいっていうか、マジで馬鹿。馬鹿げてる。たかがやきとりごときで、なんでこんな気持ちに――」
「あっ、いた」

 はっとして顔を上げると、公園の入口に男性が立っていた。空色の長袖シャツに穴だらけのジーンズという出で立ち。ジーンズのポケットに両手を入れて大股で歩み寄ってくる。ただ、不思議と横柄な印象は受けない。
 十歩も歩くと表情をはっきりと見えるようになった。緊張感に欠ける笑みが浮かんでいて、弥生の肩の力は自然と抜けた。

「はじめまして、切言屋の武元草太朗です。綿貫弥生さん、ですね?」
「そうです」

 後ろ髪を後頭部に撫でつけながら返事をする。マナーとしてはベンチから立つべきなのだろうが、座ったままで。話がしたいという要請に応えたのだから、このくらいの横着は許されてもいいはずだ。

「ベンチがあるのにブランコとは、弥生ちゃんもなかなか通だね。絵になるし。でも、四十間近のおじさんがブランコは似合わないよね。さすがに似合わない」
「座らないんですか?」
「座らせてもらうけど、でも正直、抵抗あるんだよね。ブランコに座ることじゃなくて、若い女の子の隣に腰を下ろすという行為にね。若いころは自意識過剰と下心のせいだったけど、この歳になってくると別の意味から抵抗感を覚えるんだよ」

 そう言いながらも、特にためらうようなそぶりは見せずに、「よいしょ」と年寄りくさい声を発して隣のブランコに座る。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

氷弾の魔術師

カタナヅキ
ファンタジー
――上級魔法なんか必要ない、下級魔法一つだけで魔導士を目指す少年の物語―― 平民でありながら魔法が扱う才能がある事が判明した少年「コオリ」は魔法学園に入学する事が決まった。彼の国では魔法の適性がある人間は魔法学園に入学する決まりがあり、急遽コオリは魔法学園が存在する王都へ向かう事になった。しかし、王都に辿り着く前に彼は自分と同世代の魔術師と比べて圧倒的に魔力量が少ない事が発覚した。 しかし、魔力が少ないからこそ利点がある事を知ったコオリは決意した。他の者は一日でも早く上級魔法の習得に励む中、コオリは自分が扱える下級魔法だけを極め、一流の魔術師の証である「魔導士」の称号を得る事を誓う。そして他の魔術師は少年が強くなる事で気づかされていく。魔力が少ないというのは欠点とは限らず、むしろ優れた才能になり得る事を―― ※旧作「下級魔導士と呼ばれた少年」のリメイクとなりますが、設定と物語の内容が大きく変わります。

わたしにしか懐かない龍神の子供(?)を拾いました~可愛いんで育てたいと思います

あきた
ファンタジー
明治大正風味のファンタジー恋愛もの。 化物みたいな能力を持ったせいでいじめられていたキイロは、強引に知らない家へ嫁入りすることに。 所が嫁入り先は火事だし、なんか子供を拾ってしまうしで、友人宅へ一旦避難。 親もいなさそうだし子供は私が育てようかな、どうせすぐに離縁されるだろうし。 そう呑気に考えていたキイロ、ところが嫁ぎ先の夫はキイロが行方不明で発狂寸前。 実は夫になる『薄氷の君』と呼ばれる銀髪の軍人、やんごとなき御家柄のしかも軍でも出世頭。 おまけに超美形。その彼はキイロに夢中。どうやら過去になにかあったようなのだが。 そしてその彼は、怒ったらとんでもない存在になってしまって。 ※タイトルはそのうち変更するかもしれません※ ※お気に入り登録お願いします!※

OL 万千湖さんのささやかなる野望

菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。 ところが、見合い当日。 息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。 「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」 万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。 部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

拝啓、あなた方が荒らした大地を修復しているのは……僕たちです!

FOX4
ファンタジー
王都は整備局に就職したピートマック・ウィザースプーン(19歳)は、勇者御一行、魔王軍の方々が起こす戦闘で荒れ果てた大地を、上司になじられながらも修復に勤しむ。平地の行き届いた生活を得るために、本日も勤労。

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

処理中です...