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草太朗と弥生①
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待ち合わせ場所に指定されたのは、市街地を走る市道に面した小さな公園だった。
置かれている遊具は、ブランコと、すべり台と、シーソーのみ。それ以外には、ペンキが剥げている部分のほうが多い白い木製ベンチ。隅のスペースが余っていたから作ってみました、というようなちっぽけな砂場。以上の二つのみだ。
武元草太朗は、まだ来ていない
場所を間違えたのかと思ったが、遼から目印だと教えられた地方銀行の建物は、片側二車線道路の対岸で看板を掲げている。
スマホで確認すると、待ち合わせ時間までまだ五分ある。騙されたと喚くのは十五分後くらいからでも遅くない。
二台あるブランコのうち、錆びつきがましなほうに綿貫弥生は腰を下ろす。ほんの少し漕いでみたが、特に面白くはない。
小さくため息をつき、周囲を観察する。
公園の前の通りを行き交う車、通行人、ともに多い。公園の敷地を囲うフェンスの類は設けられておらず、歩道からは園内が丸見えになっている。一人ブランコに座る弥生に注目する者は誰一人としていない。
隣接するスーパーマーケットの駐車場に移動式屋台が停まっていて、やきとりの匂いが風とともに流れてくる。加熱されたしょうゆの匂いの主張が強いが、風がやむと嘘のように匂わなくなる。そうすると、なぜか妙にさびしい気持ちになる。
まるで、この世界から三下り半を突きつけられたかのような。
「……馬鹿みたい」
弥生は声に出してつぶやく。つぶやかずにはいられない。
「みたいっていうか、マジで馬鹿。馬鹿げてる。たかがやきとりごときで、なんでこんな気持ちに――」
「あっ、いた」
はっとして顔を上げると、公園の入口に男性が立っていた。空色の長袖シャツに穴だらけのジーンズという出で立ち。ジーンズのポケットに両手を入れて大股で歩み寄ってくる。ただ、不思議と横柄な印象は受けない。
十歩も歩くと表情をはっきりと見えるようになった。緊張感に欠ける笑みが浮かんでいて、弥生の肩の力は自然と抜けた。
「はじめまして、切言屋の武元草太朗です。綿貫弥生さん、ですね?」
「そうです」
後ろ髪を後頭部に撫でつけながら返事をする。マナーとしてはベンチから立つべきなのだろうが、座ったままで。話がしたいという要請に応えたのだから、このくらいの横着は許されてもいいはずだ。
「ベンチがあるのにブランコとは、弥生ちゃんもなかなか通だね。絵になるし。でも、四十間近のおじさんがブランコは似合わないよね。さすがに似合わない」
「座らないんですか?」
「座らせてもらうけど、でも正直、抵抗あるんだよね。ブランコに座ることじゃなくて、若い女の子の隣に腰を下ろすという行為にね。若いころは自意識過剰と下心のせいだったけど、この歳になってくると別の意味から抵抗感を覚えるんだよ」
そう言いながらも、特にためらうようなそぶりは見せずに、「よいしょ」と年寄りくさい声を発して隣のブランコに座る。
置かれている遊具は、ブランコと、すべり台と、シーソーのみ。それ以外には、ペンキが剥げている部分のほうが多い白い木製ベンチ。隅のスペースが余っていたから作ってみました、というようなちっぽけな砂場。以上の二つのみだ。
武元草太朗は、まだ来ていない
場所を間違えたのかと思ったが、遼から目印だと教えられた地方銀行の建物は、片側二車線道路の対岸で看板を掲げている。
スマホで確認すると、待ち合わせ時間までまだ五分ある。騙されたと喚くのは十五分後くらいからでも遅くない。
二台あるブランコのうち、錆びつきがましなほうに綿貫弥生は腰を下ろす。ほんの少し漕いでみたが、特に面白くはない。
小さくため息をつき、周囲を観察する。
公園の前の通りを行き交う車、通行人、ともに多い。公園の敷地を囲うフェンスの類は設けられておらず、歩道からは園内が丸見えになっている。一人ブランコに座る弥生に注目する者は誰一人としていない。
隣接するスーパーマーケットの駐車場に移動式屋台が停まっていて、やきとりの匂いが風とともに流れてくる。加熱されたしょうゆの匂いの主張が強いが、風がやむと嘘のように匂わなくなる。そうすると、なぜか妙にさびしい気持ちになる。
まるで、この世界から三下り半を突きつけられたかのような。
「……馬鹿みたい」
弥生は声に出してつぶやく。つぶやかずにはいられない。
「みたいっていうか、マジで馬鹿。馬鹿げてる。たかがやきとりごときで、なんでこんな気持ちに――」
「あっ、いた」
はっとして顔を上げると、公園の入口に男性が立っていた。空色の長袖シャツに穴だらけのジーンズという出で立ち。ジーンズのポケットに両手を入れて大股で歩み寄ってくる。ただ、不思議と横柄な印象は受けない。
十歩も歩くと表情をはっきりと見えるようになった。緊張感に欠ける笑みが浮かんでいて、弥生の肩の力は自然と抜けた。
「はじめまして、切言屋の武元草太朗です。綿貫弥生さん、ですね?」
「そうです」
後ろ髪を後頭部に撫でつけながら返事をする。マナーとしてはベンチから立つべきなのだろうが、座ったままで。話がしたいという要請に応えたのだから、このくらいの横着は許されてもいいはずだ。
「ベンチがあるのにブランコとは、弥生ちゃんもなかなか通だね。絵になるし。でも、四十間近のおじさんがブランコは似合わないよね。さすがに似合わない」
「座らないんですか?」
「座らせてもらうけど、でも正直、抵抗あるんだよね。ブランコに座ることじゃなくて、若い女の子の隣に腰を下ろすという行為にね。若いころは自意識過剰と下心のせいだったけど、この歳になってくると別の意味から抵抗感を覚えるんだよ」
そう言いながらも、特にためらうようなそぶりは見せずに、「よいしょ」と年寄りくさい声を発して隣のブランコに座る。
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追記:2025/09/20
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もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
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