65 / 113
草太朗と弥生⑥
しおりを挟む
草太朗は言葉を切って話し相手の顔をじっと見つめる。
弥生は膝に視線を落としている。
指摘に心当たりがある顔だ。それゆえに考え込んでいる顔だ。
「弥生ちゃんは今の僕の意見、どう思った? 心に浮かんだこと、なんでもいいから言ってみて。ほんとうにどんなことでもいいよ。笑わないし怒らないから」
「なんていうか……」
「なんていうか?」
「大人だからなんでも知ってますって顔してて、むかつくんだけど」
「逆、逆。逆だよ、弥生ちゃん。僕はなにも知らないからこそ、こうやって機会を設けて君から話を訊いて、気になっていることを質問してるんだよ。態度が気に障ったのなら謝るよ、ごめんね」
草太朗は唇と舌を動かしながら、「むかつく」という罵言が出たのはいい兆候だと思う。相手に遠慮がなくなってきたことを意味しているからだ。
決して簡単に開く扉ではないかもしれない。それでも締めつけは着実に緩んでいき、今や陥落寸前だ。ここまで来れば、下手に小細工を弄するのはむしろ逆効果だろう。
「改めて、美咲ちゃんとのあいだで起きたトラブル、なにか心当たりはないかな? 遼くんに訊かれたときは否定したけど、『トラブルは分かりにくいもの、見えにくいものかもしれない』って僕から指摘されて、新しく気がついたことはないかな? 君にかける言葉はさっきと同じだよ。『心に浮かんだこと、なんでもいいから言ってみて。ほんとうにどんなことでもいいよ』――それだけだから」
沈黙は継続する。通りを走る車や、公園の前を横切る通行人の話し声が、ひっきりなしに聞こえているはずなのに、雑音はいっさい耳に入ってこない。
それは弥生も同じなのだろう、と草太朗は思う。
真剣に考える彼女に応えて、彼も真剣に答えを待つ。流れる沈黙はいたって厳粛だ。
しかし、いささか長考が過ぎる。
草太朗がひと声かけようとしたとき、弥生はおもむろに顔を上げ、鋭い目つきで彼の顔を正視した。視線が重なると、一転、弱気の色が瞳を過ぎった。それに流されるように視線を逸らしたが、すぐに再び目を合わせる。双眸から攻撃的な色は消えているが、それでいて臆することなく草太朗の目を見返しながら、彼女はしゃべり出した。
「もしかしたら間違っているかもしれない。間違っているかもしれないことを、初対面のおじさんに話すなんておかしいんじゃないかって思う。でも、どんなことでもいいっていう、切言屋さんの言葉を信じるから。正しいかどうかは自信が持てないけど……。美咲が学校に来なくなくなった原因、あたしが思うに、こういうことなんだと思う」
弥生は膝に視線を落としている。
指摘に心当たりがある顔だ。それゆえに考え込んでいる顔だ。
「弥生ちゃんは今の僕の意見、どう思った? 心に浮かんだこと、なんでもいいから言ってみて。ほんとうにどんなことでもいいよ。笑わないし怒らないから」
「なんていうか……」
「なんていうか?」
「大人だからなんでも知ってますって顔してて、むかつくんだけど」
「逆、逆。逆だよ、弥生ちゃん。僕はなにも知らないからこそ、こうやって機会を設けて君から話を訊いて、気になっていることを質問してるんだよ。態度が気に障ったのなら謝るよ、ごめんね」
草太朗は唇と舌を動かしながら、「むかつく」という罵言が出たのはいい兆候だと思う。相手に遠慮がなくなってきたことを意味しているからだ。
決して簡単に開く扉ではないかもしれない。それでも締めつけは着実に緩んでいき、今や陥落寸前だ。ここまで来れば、下手に小細工を弄するのはむしろ逆効果だろう。
「改めて、美咲ちゃんとのあいだで起きたトラブル、なにか心当たりはないかな? 遼くんに訊かれたときは否定したけど、『トラブルは分かりにくいもの、見えにくいものかもしれない』って僕から指摘されて、新しく気がついたことはないかな? 君にかける言葉はさっきと同じだよ。『心に浮かんだこと、なんでもいいから言ってみて。ほんとうにどんなことでもいいよ』――それだけだから」
沈黙は継続する。通りを走る車や、公園の前を横切る通行人の話し声が、ひっきりなしに聞こえているはずなのに、雑音はいっさい耳に入ってこない。
それは弥生も同じなのだろう、と草太朗は思う。
真剣に考える彼女に応えて、彼も真剣に答えを待つ。流れる沈黙はいたって厳粛だ。
しかし、いささか長考が過ぎる。
草太朗がひと声かけようとしたとき、弥生はおもむろに顔を上げ、鋭い目つきで彼の顔を正視した。視線が重なると、一転、弱気の色が瞳を過ぎった。それに流されるように視線を逸らしたが、すぐに再び目を合わせる。双眸から攻撃的な色は消えているが、それでいて臆することなく草太朗の目を見返しながら、彼女はしゃべり出した。
「もしかしたら間違っているかもしれない。間違っているかもしれないことを、初対面のおじさんに話すなんておかしいんじゃないかって思う。でも、どんなことでもいいっていう、切言屋さんの言葉を信じるから。正しいかどうかは自信が持てないけど……。美咲が学校に来なくなくなった原因、あたしが思うに、こういうことなんだと思う」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
拝啓、あなた方が荒らした大地を修復しているのは……僕たちです!
FOX4
ファンタジー
王都は整備局に就職したピートマック・ウィザースプーン(19歳)は、勇者御一行、魔王軍の方々が起こす戦闘で荒れ果てた大地を、上司になじられながらも修復に勤しむ。平地の行き届いた生活を得るために、本日も勤労。
あの素晴らしい愛をもう一度
仏白目
恋愛
伯爵夫人セレス・クリスティアーノは
33歳、愛する夫ジャレッド・クリスティアーノ伯爵との間には、可愛い子供が2人いる。
家同士のつながりで婚約した2人だが
婚約期間にはお互いに惹かれあい
好きだ!
私も大好き〜!
僕はもっと大好きだ!
私だって〜!
と人前でいちゃつく姿は有名であった
そんな情熱をもち結婚した2人は子宝にもめぐまれ爵位も継承し順風満帆であった
はず・・・
このお話は、作者の自分勝手な世界観でのフィクションです。
あしからず!
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
俺たちYOEEEEEEE?のに異世界転移したっぽい?
くまの香
ファンタジー
いつもの朝、だったはずが突然地球を襲う謎の現象。27歳引きニートと27歳サラリーマンが貰ったスキル。これ、チートじゃないよね?頑張りたくないニートとどうでもいいサラリーマンが流されながら生きていく話。現実って厳しいね。
雨上がりの虹と
瀬崎由美
ライト文芸
大学受験が終わってすぐ、父が再婚したいと言い出した。
相手の連れ子は小学生の女の子。新しくできた妹は、おとなしくて人見知り。
まだ家族としてイマイチ打ち解けられないでいるのに、父に転勤の話が出てくる。
新しい母はついていくつもりで自分も移動願いを出し、まだ幼い妹を含めた三人で引っ越すつもりでいたが……。
2年間限定で始まった、血の繋がらない妹との二人暮らし。
気を使い過ぎて何でも我慢してしまう妹と、まだ十代なのに面倒見の良すぎる姉。
一人っ子同士でぎこちないながらも、少しずつ縮まっていく姉妹の距離。
★第7回ライト文芸大賞で奨励賞をいただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる