切言屋

阿波野治

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弥生の証言⑥

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「蓄積……」

 草太朗は無意識につぶやいていた。

 弥生の語りに耳を傾けているあいだ、彼はいっさい口を挟まなかった。言葉の選択に迷う、あるいは言いづらさに口を閉ざしたときでも、「言ってみなさい」というふうに軽くあごをしゃくったり、眼差しを送りつけて先を促したりといった、ささいなしぐさでさえも慎んだ。せっかく話す気になったのに、邪魔をしてはいけないと考えて、努めて大人しく振る舞ってきた。

 その方針を思わず破ってしまったのは、「蓄積」という言葉に看過しがたい響きを感じたからだ。

 単語自体は、高校一年生が口にするものとしてはなんら不自然ではない。会話の流れのうえでも違和感はなかった。
 しかし、なにかが引っかかる。時と場合によって、信頼するに足りたり、逆にまったく当てにならなかったりと、両極のあいだを揺れ動く不安定極まる第六感が、「なにかあるぞ」と強く草太朗に訴えかける。

「そう、蓄積。どういうことかというと――」

 聞き手の心の揺れにまったく気づいていないらしい弥生は、話の続きに入る。


* * *
 

 どういうことかというと、切言屋さんにも説明したように、あたしは基本的に図々しい人間なのね。思いついたことはすぐになんでも口にしちゃう。相手の気持ちなんて、基本的にはいちいち考えたりしない。こう言ったら誤解されるかもしれないとか、傷つけてしまうかもしれないとか、そういうことは全然考慮しないで、思いや考えが頭に浮かんだ次の瞬間には発信している。教師とか、今しゃべっている切言屋さんとか、目上の人間にはさすがに気をつかうけど。

 でも、目上の人間以外にも例外が一人だけいて、それが美咲なの。
 ただし、あの子の場合は意識的に気をつかっているんじゃなくて、無意識に配慮して優しい言葉づかいを選んでいる。第三者である友だちから指摘されるくらいだから、事実としてそうなんだろうね。

 ……と言いたいところだけど、しょせんは友だちが勝手にそう思っているだけでしょ。あたしだって、他の友だちとは違う接しかたをしている自覚はあるけど、それだって、あたしがそう感じているだけで、実際どうなのかは分からない。
 そしてそれは、美咲がどう感じているかについても同じことが言える。

 あたしは、美咲のおかげで自分が変われたという事実に舞い上がって、囚われて、受け手である美咲がどう感じているのかという視点を持てていなかった。あたしはあたしの対応に満足でも、美咲はあたしの対応に満足しているとは限らないって、そのときまでまったく気がつかなかったの。
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