切言屋

阿波野治

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のどかと遼②

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 行きつけの書店で欲しかった書籍を手に入れたので、のどかは上機嫌だった。「眺めがいいから」という理由だけで、最短コースよりも二・三分長く歩かなければならない、川沿いの遊歩道を帰路に選んだのは、ひとえにそれが理由だ。
 その選択が、見知った顔と再会を果たす未来に繋がった。

「あ」

 先にのどかが気づいた。もしかすると見間違いかもしれないと、足を止めてその人物を注視する。
 自分のほうに向かってきていた人物が唐突に立ち止まったことで、その人物の意識がのどかに向いたらしく、にわかに足が緩んだ。
 徐々に空気が抜けるようにして両足が止まる。呼吸を整えるかのような何秒かの間を挟み、大股でのどかへと歩み寄ってくる。パーカーのフードを脱いだことで、その人物が結城遼だと確定した。歩行はすぐに駆け足に変わった。

「のどかちゃん、久しぶりだね」
「遼、久しぶり」
「おっ、呼び捨て。そういうの、いいね。上手く言えないけど、すごく心地いい」

 汗で貼りついた前髪をどけるように手の甲で額を拭う。一見爽やかなほほ笑みだが、のどかの目には少し無理をしているように映った。先ほどまで運動していたからなのか、精神的な問題のせいなのか、視覚情報だけで判断するのは難しい。

「明らかに偉い人以外は呼び捨てにしてる。遼だけ特別扱いしているわけじゃないから」
「そうなんだ。なんとなくだけどのどかちゃんは、むしろ親しい人にも敬語使っちゃうタイプかと思っていたよ」
「敬語とか、そういう堅苦しいのは好きじゃない」
「じゃあ俺と同じだね。俺たちの共通点、やっと見つかったね」
「見つけて、なにかいいことあるの?」
「あるよ。なんていうか、ほら、なんかうれしくならない? ちょっとしたことかもしれないけど、嫌なことではないよね。のどかちゃんだってそうでしょ?」
「まあ、どちらかというと」
「でしょ? これで共通点が二つだね」

 遼はもう一度、同じような右手の軌道で汗を拭い、のどかの手元に注目した。

「その袋、入っているのは本かな。本屋に行った帰りなんだね」
「そう。見てのとおり」
「そういえば、のどかちゃんは読書が好きだったね」
「知ってるんだ」
「とっくの昔にね。草太朗さんと会話してるとちょくちょく出るからね、のどかちゃんの話題。世間話になるたびに褒めてるイメージあるよ。内向的だけど賢い子だ、自慢の娘だって」

 不快感に近い、それでいてうれしさの成分がないわけでもない、複雑なくすぐったさをのどかは感じた。物申したい気持ちはあったが、この場に草太朗がいない以上は無益だと即座に結論する。
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