切言屋

阿波野治

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のどかと遼①

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 吉村美咲を世界で一番救いたいと願っている人間は、本人を別にすれば、結城遼だと彼は自負している。
 その俺が、話し合う機会すら与えられないって、どういうことなんだ……?

 憤り。嘆き。悲しみ。焦り。己を情けなく思う気持ち。
 様々な感情がごった煮になったものを胸に抱えて、遼は川沿いの遊歩道を走っている。

 昼下がりと夕方の狭間。自室のハンガーにかかっていた紺色のパーカーに、中学生時代まで通学のさいに履いていたスニーカー。時間帯やファッションまでもが安定性を欠いている。
 それでも遼は走っている。
 しかし、走ったところで、不安定なものが安定してくれるわけではない。

 そんなことは百も承知だ。
 一点に留まって思案を巡らせていては鬱々としてやりきれないから、走る。ただそれだけのこと。

 走ることの本質的無意味性、それ以上に問題なのは、奇跡が起きて、美咲が幼なじみと対話する機会を設けてくれたとして、彼女を外の世界に引っ張り出し、誰とでもしゃべれるようにするなどという芸当が、自分一人の力ではとても叶えられそうにない、ということ。
 つまり、じたばたせずに、草太朗に任せてしまったほうがいい。
 その結論に帰ってきたのは、これで何度目だろう。

 受け入れるしかないが、受け入れたくないジレンマ。それと戦うために走っているのかもしれない、とも思う。

 美咲の説得の進捗について、草太朗に何度か尋ねたことがある。「守秘義務があるから、なにもかもは答えられないけど」というのが、全ての質問に対する第一声だった。
 教えてくれる事実は必要最小限で、美咲とのどかのやりとりの詳細を伝えてくれるわけではなかった。なんらかの指示を遼に下したさいに、美咲の現状などについて報告が行われることもあるが、こちらも高が知れている。

 ほんとうは守秘義務などというものはなくて、遼が余計な真似をする可能性を危惧して情報を隠蔽しているだけなのかもしれない。
 あるいは、事態に進展がない。もしくは悪化している。

 後ろの二つのどちらかだとすれば、草太朗が秘密主義を掲げていることよりもはるかに由々しき事態だ。
 強硬に問い質そうかとも考えているのだが、巧みにはぐらかされそうな気がして、現時点では行動に移していない。頭脳勝負を挑んでも草太朗には歯が立たないという認識は、彼と出会って早い段階で確立されていた。

 遼は草太朗と広い意味で戦ったことはないが、言葉を交わした機会は数知れない。だから、切言屋を自称する中年男が、十人並み以上の弁舌の巧みさの持ち主だと知っている。その凄さを言葉で説明するのは難しいが、とにかく口が上手いのは間違いない。
 草太朗ならばもしかすると、という期待はある。遼の周辺でもっとも解決まで近づけそうなのは、間違いなくあの人だ。

「……でも」

 俺がなんの役割も演じられないって、そりゃないだろう。幼なじみなのになんの力にもなれないって、どういうことだよ。綿貫弥生やその友人への聞き込みとか、俺にしかできない任務はいくつかこなしてきたけど、そういうことじゃなくて、もっとこう、俺は、もっと美咲に――。

「ちくしょう! くそったれ……!」

 押し殺した声で悔しさを吐き出しながら、加速する。
 俺は、なんのために走っているんだ?
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