切言屋

阿波野治

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悩ましい朝①

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 草太朗には珍しく寝不足の朝を迎えた。
 夜遅くまで、吉村美咲の問題について考え込んでいたせいだ。

 弥生の話を聞いたことで、曖昧模糊としていた真相の輪郭がおぼろげに見えてきた。草太朗にとっては大きな一歩だったが、全体を見れば、残念ながらまだまだ不鮮明なままだ。
 解像度がもう少し上がれば、靄が晴れる速度は加速度をつけるかもしれない。
 そんな祈りにも似た思いのもと、これまでに採集してきた情報を入念に観察し、パズルのピースのように組み合わせたり入れ替えたりしてみた。しかし、進展はなかった。

 情報がまだ足りないのだ。

 不足しているものは、草太朗が汗をかくことでしか手に入らないものなのか。それとも、知恵を絞って初めて眼前に出現するのか。
 それすらも定かではないから、途方に暮れてしまう。
 はっきり言って、状況は絶望的だ。

 ベッドの上、くたびれた寝間着を着て横たわる草太朗は、白亜の天井を眺めるともなしに眺めながらため息をつく。枕元へと視線を転じると、朝八時を回っている。のどかはとっくに起床して、今ごろは朝食をとっているところだろう。
 僕も一日を始めないと。
 思いとはうらはらに、体が動かない。動かせない。

 草太朗の体ごと心を押さえつけているのは、吉村美咲の問題だ。
 説得能力がもっとも高い自分が、いまだに美咲本人とコンタクトをとれていない。
 遅すぎる。痛すぎる。苦戦していると認めざるを得ない。堅固な防壁を築き上げた相手とはこれまでに何度も相対してきたが、同じ舞台にすら立てない相手は今回が初めてだ。
 今はのどかにがんばってもらっているが、娘にばかり任せてもいられない。のどかはあくまでも助手であって、切言屋自身ではないのだから。

 ベッドから出て速やかに着替えを済ませる。ドアノブに手をかけたところで、枕元に放り出していたスマホがバイブした。
 画面を確認した瞬間、話はまだ一言も聞いていないにもかかわらず、ほんの少し安堵した。美咲の身にまたなにかあったのなら、真っ先に連絡を寄越すのは彼女の母親のはずだからだ。

「――遼くん」
「すみません、朝早くから」
「もう八時を回っているから、早すぎるわけじゃないよ。そんなことより、用件はなにかな。急を要すること?」

 第一声を聞いた瞬間、緊急事態ではないのは分かった。ただ、彼にとって重たい荷物を抱えての電話のようなので、緊張は解かない。

「俺、昨日のどかちゃんと偶然会って話をしたんですけど、その話は聞きましたか?」
「聞いたよ。歳が近い異性と話すのが照れくさかったみたいだけど、楽しく話ができたんだなっていうのは伝わってきたよ」
「ほんとうですか?」
「うん、ほんと。のどかは毒舌だから、気に食わない人間はばっさりと斬り捨てるんだよ。必要最低限の言葉で端的に否定するんだ。それがなかったということは、遼くんと過ごした時間が心から楽しかったということだね。のどかは普段あまり人と話したがらないから、ささいな会話だとしてもいい経験になったと思うよ」

 草太朗はここで言葉を切る。のどかとの思い出を語るためにかけてきたわけではないのは、分かっているよ。本題、話してみて。そういう意味での沈黙だ。
 遼は瞬時に察したらしく、声のトーンが変わった。
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