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悩ましい朝③
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「忘れたわけじゃないよね? 美咲ちゃんがリストカットをしたかもしれないことを。美咲ちゃんが学校に行かなくなって、自室にひきこもって、誰とも口をきかなくなったのは、男性不信に陥っているからかもしれないということを。
美咲ちゃんの問題に、ある意味では僕以上に真剣に向き合っている遼くんだから、きっと覚えてくれていると思う。だけど、厳しい言いかたになるけど、無意識に軽視しているんじゃないかな。
僕としては、たとえ可能性がわずかに過ぎないのだとしても、軽んじるわけにはいかないんだ。善意からだろうが正義感に基づくものだろうが、遼くんのその要望が叶えられた場合、美咲ちゃんの心を乱し、事態を悪化させる可能性が高い以上は、首を縦に振るわけにはいかないよ。
遼くんの働きには感謝しているけど、でも、僕がお金をもらって問題を解決してほしいと頼まれた対象は、美咲ちゃんだ。優先するのは彼女なんだ。
だから、遼くんの頼みは聞き入れられない。それが僕の回答だよ」
遼はなにか言おうとしたが、言葉が見つからなかったらしく、小さく息を吸い込む音だけが聞こえた。
「着実に解決に向かってはいるから、悲観はしないで。詳細は報告できないんだけど、とにかくその頼みは聞き入れられないから、今回は諦めてほしい。僕が言いたいこと、理解してくれるかな?」
「……分かりました。草太朗さんの意見が正しいと思うので、従います。……すみませんでした」
遼は気落ちした声でそう答える。
草太朗は「こちらこそ、ごめん。ありがとう」と返した。電話じゃなくて対面での会話だったなら、「ごめん」や「ありがとう」といった分かりやすい単語を使うのは慎んで、ボディランゲージや表情で補うんだけどな。そう内心苦笑しながら。
フォローの言葉をかけるのも空々しい気がして、「なにかあったら連絡するから」と事務的に、それでいて精いっぱい親しみを込めた声音で告げて、通話を終えた。
遼は行動的で、ときには暴走気味になることもあるが、規則は尊重する。少なくとも当分のあいだは、草太朗の言いつけを破ることはないだろう。
「……嫌な仕事だな。人を説得するというのは」
スマホをベッドに放り投げ、自室のドアを開く。一・二時間にもわたって電話をしていたように感じられて、ドアを閉ざす音にまぎれさせてため息をついた。
* * *
美咲はなぜ遼との対話を拒むのか?
草太朗にとって最大の謎だ。
これまで遼からはたくさん話を聞いてきた。聞いた限りでは美咲と遼の相性はよく、弥生の場合のような軋轢はなかったと判断したが、それがそもそも間違っていたのだろうか?
現時点ではなんとも言えない。仮に正しくなかったのだとすれば、考察を一からやり直さなければならなくなる。
「……どうしたもんかね」
美咲ちゃんの問題に、ある意味では僕以上に真剣に向き合っている遼くんだから、きっと覚えてくれていると思う。だけど、厳しい言いかたになるけど、無意識に軽視しているんじゃないかな。
僕としては、たとえ可能性がわずかに過ぎないのだとしても、軽んじるわけにはいかないんだ。善意からだろうが正義感に基づくものだろうが、遼くんのその要望が叶えられた場合、美咲ちゃんの心を乱し、事態を悪化させる可能性が高い以上は、首を縦に振るわけにはいかないよ。
遼くんの働きには感謝しているけど、でも、僕がお金をもらって問題を解決してほしいと頼まれた対象は、美咲ちゃんだ。優先するのは彼女なんだ。
だから、遼くんの頼みは聞き入れられない。それが僕の回答だよ」
遼はなにか言おうとしたが、言葉が見つからなかったらしく、小さく息を吸い込む音だけが聞こえた。
「着実に解決に向かってはいるから、悲観はしないで。詳細は報告できないんだけど、とにかくその頼みは聞き入れられないから、今回は諦めてほしい。僕が言いたいこと、理解してくれるかな?」
「……分かりました。草太朗さんの意見が正しいと思うので、従います。……すみませんでした」
遼は気落ちした声でそう答える。
草太朗は「こちらこそ、ごめん。ありがとう」と返した。電話じゃなくて対面での会話だったなら、「ごめん」や「ありがとう」といった分かりやすい単語を使うのは慎んで、ボディランゲージや表情で補うんだけどな。そう内心苦笑しながら。
フォローの言葉をかけるのも空々しい気がして、「なにかあったら連絡するから」と事務的に、それでいて精いっぱい親しみを込めた声音で告げて、通話を終えた。
遼は行動的で、ときには暴走気味になることもあるが、規則は尊重する。少なくとも当分のあいだは、草太朗の言いつけを破ることはないだろう。
「……嫌な仕事だな。人を説得するというのは」
スマホをベッドに放り投げ、自室のドアを開く。一・二時間にもわたって電話をしていたように感じられて、ドアを閉ざす音にまぎれさせてため息をついた。
* * *
美咲はなぜ遼との対話を拒むのか?
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これまで遼からはたくさん話を聞いてきた。聞いた限りでは美咲と遼の相性はよく、弥生の場合のような軋轢はなかったと判断したが、それがそもそも間違っていたのだろうか?
現時点ではなんとも言えない。仮に正しくなかったのだとすれば、考察を一からやり直さなければならなくなる。
「……どうしたもんかね」
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