切言屋

阿波野治

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図書館の天啓①

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 のどかはいちごジャムを塗った八枚切りのトーストに、アイスミルクという朝食をとっていた。

「味気ないね、トーストと牛乳だと。朝はがっつり食べないと元気出ないよ」

 草太朗は冷蔵庫からサラダが入ったボウルを取り出しながら声をかける。

「もしかしてだけど、それはわたしのために用意している、とかじゃないよね」

 こぼれたパンくずをつまんで皿に戻しながらのどかは言う。ルビーのような赤色が薄く塗られた一枚は、ちょうど残り半分くらいだ。

「そのまさか。野菜をとるのは大事だからね」
「別に食べてもいいけど、なんでドレッシングを無断でかけたの」
「朝は爽やかなレモンがお似合いかな、と思って。嫌いではなかったよね? この前も食べてた記憶あるし。ほら、どうぞ」

 サラダの皿をのどかの体の近くへと押しやる。食パンを二枚、トースターにセットしながら様子をうかがうと、のどかはフォークを手にとって食べはじめた。
 草太朗は鼻歌を歌いながら、パンにつけるジャムに迷う。「耳障りだ」と娘から苦言を呈されるまで、下手くそなその歌は続いた。

「今日は図書館に行く日だね」

 サラダを黙々と頬張りながら、おもむろにのどかが言った。草太朗は口の中を空にしてから「うん」と答える。

 のどかは電子書籍のサブスクリプションに加入し、草太朗は二週間に一度、書籍の購入費として千円を渡している。小遣いとは別枠での支給だ。
 読書に熱心ではない草太朗は、その二つで充分ではないかと思うのだが、欲しい書籍が必ずしもサブスクリプションの対象に選ばれているわけではないため、どうしても必要だという。

 甘やかして購入費を渡す頻度を増やすのは教育上よくないが、図書館で借りるだけなら無料だし、家にこもりがちな娘を外に連れ出せる。草太朗としてはこの習慣をやめる理由がない。
 市立図書館は滞在時間を長めに見積もっても、車で充分に日帰りできる距離にある。草太朗は車を運転できないが、図書館行きのバスがある。通おうと思えば一人でも通えるが、のどかは単独では行きたがらないので、父親の付き添いは必須だった。

 二週間に一度の書籍購入費用を渡した週は、図書館に行く意欲も減退する。読書が趣味ではない草太朗はそう考えがちなのだが、のどかの感覚は違うらしい。

「今日は何時ごろに行く? 早く家で読みたいから、朝のうちがいいな」
「でも、昨日本を買ったばかりだよね。今週は一回休みでよくない?」
「だめ。行く」
「約束は約束だし、のどかが行きたいなら行くけど。でも、ほんとうにそこまでして読みたいの? 惰性とか習慣とかに引きずられてるだけじゃない?」
「違う。甘いものは別腹でしょ。あれと同じ」

 何度か耳にしたことがある返しだったが、初めてその言い回しを聞いたときのように「なるほどねぇ」と答えておく。

 普段であれば、愛娘と戯れる目的も兼ねて、もう少し長く難色を示していたかもしれない。しかし今日の草太朗は、問題解決のヒントを書籍に求めたい気持ちがある。
 必ずヒントにたどり着ける保証はないが、今朝の思いがけない遼からの電話で、「遼のためにもがんばらねば」と気合を入れ直したばかりだ。徒労に終わるのだとしても、挑戦することから逃げたくない。
 草太朗にしては珍しく、心が積極的だ。
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