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決戦の日②
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草太朗は緻密な計算にもとづいて行動するタイプではない。よく言えば、考えかたにゆとりを持っていて、対応に柔軟性がある。悪く言えば、行き当たりばったり。
ただし、修正能力と調整能力は高いから、ミスをしたとしても重傷は回避し、なんだかんだ無難に着地する。そして、「ほら、パパの言ったとおり、説得に成功しただろう?」と、あたかも全てが掌の上だったかのように誇らしげに微笑してみせる。
草太朗がどのように考えて、どのような判断を下した結果、どのような行動に踏み切ることにしたのか。その全てを把握しようとしても、現時点では不可能だし、無意味だ。
問題は――と、のどかは思う。パパお得意の楽観主義が、美咲のケースでも有効なのかどうか。
切言屋の助手として、美咲の説得の最前線に立って戦ってきたからこそ、のどかは吉村美咲の手強さを知っている。
美咲という、心を閉ざした少女が主人公のこの物語は、無事にハッピーエンドを迎えられるのだろうか?
のどかは「おいしいところを持っていかれて、むかつく」と思うと同時に、「おいしいところ持っていくというなら、その手際のほどを見せてもらおうか」という気分でもある。
* * *
階段を上り詰めて二階まで来た。
のどかが感じている緊張はさほど強くない。美咲の自室のドアの前まで来てもそれは同じだ。
こんなにもいつもどおりなのに、美咲の説得も今日で終わりなのだと思うと、少し変な気分だ。
いつもどおりにナップザックを肩から外し、いつもの椅子に座る。室内から人気は感じるが、物音は聞こえてこない。
美咲はこれが最後だと知らないのだから、いつもどおりなのは当然。
しかし、それもここまでだ。
「遼から聞いたよ。美咲はクラスメイトの弥生って子と友だちで、その弥生との関係がこじれて、あなたは学校に行かなくなり、ひきこもった。そうだよね?」
返事はない。のどかは言葉を続ける。
「パパは、美咲と弥生のあいだであったなにかは、加害者は自覚しにくいものじゃないかって推理してた。自覚しないままに少しずつ、少しずつ被害者の心にダメージを蓄積させて、学校に行けなくなるような精神状態にまで追い詰めたんじゃないかって。この意見について、美咲はどう思う? 反論、疑問、なんでもいいから言ってみて」
少し間があって、床板が軋む音がした。のどかは耳を欹てた。
数秒遅れて聞こえてきたのは、ペンが紙の上を走る音。ドアの向こう側の世界にいる人間に、なにをしているのかを悟られないようにしようという配慮はかけらも感じられない、むしろ音を聞かせ、なにをしているのかを知らそうとしているかのような、実に軽快な音だ。
のどかはドアと床の隙間に注目した。ほとんど間を置かずに、一枚のメモ用紙が出現した。ナップザックを膝から床に下ろし、椅子から立って紙を取り上げる。
『今までいろんなものに邪魔をされて、打ち明けたいのに打ち明けられずにいたけど、どうしてだろう、あなたの言葉を聞いて、閉じ込めておくのはもういいやって思った。あなたに話したい。私と弥生ちゃんのあいだになにがあったのかを、のどかちゃんに伝えたい。まだちゃんと考えが整理できてなくて、ぐちゃぐちゃな文章になってしまうと思うけど』
末尾まで読むと同時に、のどかはペンが紙に文字を刻む音をキャッチした。読んでいるあいだ、美咲はずっと続きをしたためていたのだ。
ほどなくして、二枚目のメモ用紙が廊下へと滑り出てきた。かなりの長文だ。
執筆の音は切れ目なく続いている。
――長期戦になるかもしれない。
のどかは二枚目を頭から黙読しはじめた。
ただし、修正能力と調整能力は高いから、ミスをしたとしても重傷は回避し、なんだかんだ無難に着地する。そして、「ほら、パパの言ったとおり、説得に成功しただろう?」と、あたかも全てが掌の上だったかのように誇らしげに微笑してみせる。
草太朗がどのように考えて、どのような判断を下した結果、どのような行動に踏み切ることにしたのか。その全てを把握しようとしても、現時点では不可能だし、無意味だ。
問題は――と、のどかは思う。パパお得意の楽観主義が、美咲のケースでも有効なのかどうか。
切言屋の助手として、美咲の説得の最前線に立って戦ってきたからこそ、のどかは吉村美咲の手強さを知っている。
美咲という、心を閉ざした少女が主人公のこの物語は、無事にハッピーエンドを迎えられるのだろうか?
のどかは「おいしいところを持っていかれて、むかつく」と思うと同時に、「おいしいところ持っていくというなら、その手際のほどを見せてもらおうか」という気分でもある。
* * *
階段を上り詰めて二階まで来た。
のどかが感じている緊張はさほど強くない。美咲の自室のドアの前まで来てもそれは同じだ。
こんなにもいつもどおりなのに、美咲の説得も今日で終わりなのだと思うと、少し変な気分だ。
いつもどおりにナップザックを肩から外し、いつもの椅子に座る。室内から人気は感じるが、物音は聞こえてこない。
美咲はこれが最後だと知らないのだから、いつもどおりなのは当然。
しかし、それもここまでだ。
「遼から聞いたよ。美咲はクラスメイトの弥生って子と友だちで、その弥生との関係がこじれて、あなたは学校に行かなくなり、ひきこもった。そうだよね?」
返事はない。のどかは言葉を続ける。
「パパは、美咲と弥生のあいだであったなにかは、加害者は自覚しにくいものじゃないかって推理してた。自覚しないままに少しずつ、少しずつ被害者の心にダメージを蓄積させて、学校に行けなくなるような精神状態にまで追い詰めたんじゃないかって。この意見について、美咲はどう思う? 反論、疑問、なんでもいいから言ってみて」
少し間があって、床板が軋む音がした。のどかは耳を欹てた。
数秒遅れて聞こえてきたのは、ペンが紙の上を走る音。ドアの向こう側の世界にいる人間に、なにをしているのかを悟られないようにしようという配慮はかけらも感じられない、むしろ音を聞かせ、なにをしているのかを知らそうとしているかのような、実に軽快な音だ。
のどかはドアと床の隙間に注目した。ほとんど間を置かずに、一枚のメモ用紙が出現した。ナップザックを膝から床に下ろし、椅子から立って紙を取り上げる。
『今までいろんなものに邪魔をされて、打ち明けたいのに打ち明けられずにいたけど、どうしてだろう、あなたの言葉を聞いて、閉じ込めておくのはもういいやって思った。あなたに話したい。私と弥生ちゃんのあいだになにがあったのかを、のどかちゃんに伝えたい。まだちゃんと考えが整理できてなくて、ぐちゃぐちゃな文章になってしまうと思うけど』
末尾まで読むと同時に、のどかはペンが紙に文字を刻む音をキャッチした。読んでいるあいだ、美咲はずっと続きをしたためていたのだ。
ほどなくして、二枚目のメモ用紙が廊下へと滑り出てきた。かなりの長文だ。
執筆の音は切れ目なく続いている。
――長期戦になるかもしれない。
のどかは二枚目を頭から黙読しはじめた。
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