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説得の時間③
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母親を失った我が子をほったらかしにして部屋になかばひきこもっていたのも、昼夜逆転の生活を当たり前に送っていたのも、つまらないと思いながらもアプリのリバーシで何時間も遊ぶのをやめられなかったのも、部屋の窓越しに事故現場の道路を見るたびに声を上げずに泣くのも、何時間も食べ物を口にしないくせにひとたび食べ出すと狂ったように暴食するのも、
全て心の病気のせいだったのか。
なんだ、そうだったのか。
病気なら、そうなってしまったのも仕方ない。全ては病気のせいであって、僕の心が弱いわけでも、情けない大人というわけでも、父親として失格なわけでもない。なんだ、そうだったのか。
心療内科を受診したのを機に、草太朗の症状は改善に向かい、やがて全快した。
専門家から生活上のアドバイスを受け、治療薬を服用したのが直接の要因であることに疑いの余地はない。しかし、心の病を自覚するという経験が象徴的で重要な意味を持っていたのだと、彼は信じて疑わない。
美咲にも適用される保証はない。しかし、自覚したことで心が少しでも楽になるのであれば、それは間違いなく彼女にとって望ましいことだ。
そう判断し、「あなたは緘黙症という病気だ」と伝えたのだ。
「緘黙症は不安を感じやすい気質の人が罹患しやすいとされている。言葉を替えれば、心が敏感ということだけど、それは別に悪いことじゃない。背が低いとか高いとか、運動神経がいいとか悪いとか、辛い食べものが平気とか苦手とか、そういうベクトルの話なんだから。
緘黙症の人間だなんて聞くと、すごく特殊な人間みたいに聞こえるかもしれないけど、心が敏感な人って表現すれば、珍しくともなんともないよね。そういう人間は、人がたくさんいる場所に行って周りを見渡せば、必ず一人や二人仲間を見つけられるものだから。いい意味で特別なんかじゃないし、そしてもちろん恥ずべきことでは絶対にない。だから、美咲ちゃんは自分を責めないで」
草太朗は言葉を切る。ほとんど間を置かずに聞こえてきたのは、洟をすする音。
自分の発信した言葉が、受信した他人の心を動かしている――。
静かながらも熱い気持ちが込み上げてくる。
さらなる言葉を発しようと、発するに先立って脳内原稿を大急ぎで整理しているさなか、思いがけない事態が起きた。
「草太朗さんは、たぶん」
突然、美咲がしゃべったのだ。
少し掠れた、それでいて少女ならではの潤いを失っていない声で。
今日初めて美咲との対話に臨んだ自分が、まさかこんなにも短時間で肉声を引き出せるなんて。
草太朗は驚きを禁じ得ず、思わず押し黙ってしまう。
美咲は堰を切ったようにしゃべり出した。
全て心の病気のせいだったのか。
なんだ、そうだったのか。
病気なら、そうなってしまったのも仕方ない。全ては病気のせいであって、僕の心が弱いわけでも、情けない大人というわけでも、父親として失格なわけでもない。なんだ、そうだったのか。
心療内科を受診したのを機に、草太朗の症状は改善に向かい、やがて全快した。
専門家から生活上のアドバイスを受け、治療薬を服用したのが直接の要因であることに疑いの余地はない。しかし、心の病を自覚するという経験が象徴的で重要な意味を持っていたのだと、彼は信じて疑わない。
美咲にも適用される保証はない。しかし、自覚したことで心が少しでも楽になるのであれば、それは間違いなく彼女にとって望ましいことだ。
そう判断し、「あなたは緘黙症という病気だ」と伝えたのだ。
「緘黙症は不安を感じやすい気質の人が罹患しやすいとされている。言葉を替えれば、心が敏感ということだけど、それは別に悪いことじゃない。背が低いとか高いとか、運動神経がいいとか悪いとか、辛い食べものが平気とか苦手とか、そういうベクトルの話なんだから。
緘黙症の人間だなんて聞くと、すごく特殊な人間みたいに聞こえるかもしれないけど、心が敏感な人って表現すれば、珍しくともなんともないよね。そういう人間は、人がたくさんいる場所に行って周りを見渡せば、必ず一人や二人仲間を見つけられるものだから。いい意味で特別なんかじゃないし、そしてもちろん恥ずべきことでは絶対にない。だから、美咲ちゃんは自分を責めないで」
草太朗は言葉を切る。ほとんど間を置かずに聞こえてきたのは、洟をすする音。
自分の発信した言葉が、受信した他人の心を動かしている――。
静かながらも熱い気持ちが込み上げてくる。
さらなる言葉を発しようと、発するに先立って脳内原稿を大急ぎで整理しているさなか、思いがけない事態が起きた。
「草太朗さんは、たぶん」
突然、美咲がしゃべったのだ。
少し掠れた、それでいて少女ならではの潤いを失っていない声で。
今日初めて美咲との対話に臨んだ自分が、まさかこんなにも短時間で肉声を引き出せるなんて。
草太朗は驚きを禁じ得ず、思わず押し黙ってしまう。
美咲は堰を切ったようにしゃべり出した。
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