切言屋

依頼の終わり①

　夜の八時を回って、草太朗は美咲に電話をかけてクロノスケのことを尋ねてみた。
　美咲は草太朗がクロノスケの存在を知っていることに驚いていた。その黒猫に密かに愛着を持っていたことは、弥生くらいにしか話したことがなく、家族や遼にも言っていなかったという。

「秘密にするつもりはないし、する理由もないんだけど、わざわざ話す理由がなくて。かわいい野良猫を見かけて、飼いたいから家族に許可をとる、みたいな事情があるなら話したと思うけど、あの子はすでによその子だったし。弥生ちゃんから訊き出したんですか？」
「弥生ちゃんが鍵になったのはたしかだけど、知ったのはたまたまだね。公園で弥生ちゃんにから話を訊いた帰り道に、偶然お墓を見かけたんだ。本田さんの家の前を通ったから。美咲ちゃんがしゃべれなくなったのとクロノスケの死にどんな因果関係があるのか、話してくれる？」

「もちろんです」と美咲は応じ、こう説明した。
　美咲は学校に行かなくなる前日、一人で帰宅している途中に本田家の前を通りかかり、クロノスケの墓を見つけた。本田家の人間から、クロノスケは病気にかかっていると聞いていたので、それが死因に違いないと思った。弥生との関係に悩む日々を送り、ネガティブ思考が板についていた美咲は、「クロノスケは病気にもかかわらず、飼い主に動物病院に連れていってもらえず、そのせいで命を落とした」としか思えなかった。この世界の残酷さを思い知らされた気がして、ショックを受けた。

「振り返ってみれば、そのショックこそが、私に不登校を決意させた最後のひと押しだったんだと思います」

　説明はそんな一言とともに締めくくられた。
　美咲の口から明かされた真実は、草太朗が想像していたものとぴたりと一致してはいなかったが、ニアピンではあった。脳内原稿に少し修正を加えて、こう返した。

「墓の存在を知った僕は、クロノスケの死について家人に、本田さんの奥さんに事情を訊いてみたんだ。それによると、クロノスケが病に侵されていたのは事実だけど、直接の死因は交通事故だって言ってた。クロノスケは安静が必要だったんだけど、彼は元ノラネコらしくて、家の中に閉じこもったまま過ごすのを極端に嫌がったみたい。だから家族のかたは、毎日の外出を許可していたんだけど、病気のせいで体力と運動能力が低下していたのが災いしたんだろうね、車にはねられて命を落としてしまった。
　本田さん一家はクロノスケの病気を治すために全力を尽くした。不幸な結果になってしまったけど、クロノスケを外に出したのは彼の気持ちを尊重したからこそ。ようするに、クロノスケは家族からとても大事にされていたわけ。
　だから、美咲ちゃんはこの世界に絶望しないで』
『……よく分かりました。わざわざ報告、ありがとうございました』