グッバイ童貞

阿波野治

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vs千村①

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 三花は人通りの少ない道を選んで歩いた。言及していた、刺客とやらの存在を考慮しての選択なのだろうか。
 ていうか、そもそも、刺客って何なんだよ。
 気にならないといえば嘘になる。というか、無茶苦茶気になるのだが、移動を開始して十分が経った今でも、俺は疑問を投げかけられずにいる。していることはといえば、三花の言葉に相槌を打つことのみ。
 現在語られているのは、彼女が先日カジュアルウェアショップを訪れた際の出来事。とある若い女性店員の接客態度が悪かったので、その店員を夜道で待ち伏せして半殺しにした、というのが概要だ。

「その女、何を血迷ったのか、あたしに殴りかかってきたの。同じ女だから勝てるとでも思ったのかな? 結果は勿論返り討ち。素人と喧嘩をする時のコツはね、鼻を殴って鼻血を出させるの。喧嘩慣れしていない人間は血を見るとすぐに戦意喪失するから。案の定、その女も泣いて謝ってきたけど、誰が許すかって話。一発殴られたくらいで敵意引っ込めるなら、最初から土下座しておけばいいのに。まあ、土下座しても殴ったけどね。あたしが男だったら、殴った後でレイプできてたんだけどなー。あ、そもそも殴りかかってこなかったかな、相手が男だったら」

 笑いながら喋る姿からは、反省や後悔の色は微塵も読み取れない。自分が虐めた人間が苦しむ様を嬉々として語る虐めっ子――いや、それよりも二段か三段上の邪悪さを感じる。
 正義や善の領域に属する人間代表として、何か一言、三花の言動に苦言を呈するべきなのかもしれない。
 しかし相手は、半時間も経たない過去に、俺のクラスメイトの陰部に包丁を深々と突き刺し、空き缶を踏み潰すように二匹の猫の命を奪った人間だ。
 正直に言うと、怖い。同年代の女相手に情けないとは思うが、心がそう訴えているのだからどうしようもない。
 俺は人を殴った経験が数えるほどしかない。先程の草刈の件は例外中の例外。三花のような人間とトラブルになったならば、鼻を一発殴られて鼻血が噴き出した瞬間、泣きながら土下座をする側の人間だ。いや、揉め事が起りそうな気配を察知した時点で、こちらに非がないとしても謝罪の言葉を口にしているかもしれない。

「ねえ、何か面白い話はないの?」

 三花が唐突に俺に話を振ってきた。人気が全くない、ポイ捨てされたゴミが目立つ、いかにも裏通りといった雰囲気の細道を歩いている最中のことだ。

「何かさっきから、あたしばっか喋ってる気がする。友也ももっと話をしてよ」
「話せと言われても……。面白い話題なんて、ないよ」
「何それ。つまんないの」

 三花はわざとらしく頬を膨らせる。

「友也、女の子にモテないでしょ」
「余計なお世話だ」
「絶対童貞だよね」
「ほっといてくれ」

 二回連続で吐き捨てるように答えて、不意に気がつく。あれっ、俺、こいつと普通に会話できてる。
『青い霹靂』での所業や、道中の会話の内容が強烈だったせいで気づくのが遅れたが、俺に対する三花の言動は暴力的でも攻撃的でもない。もしかすると、俺が考えているよりも穏やかな性質の持ち主、なのだろうか。
 遅まきながら、本題を切り出す勇気を確保できた。

「そんなことより、俺に話があるんだろう。くだらないことばかり言っていないで、さっさと本題に入ってくれないかな」
「話は昼ご飯を食べながらって言ったでしょ。聞いてなかったの?」

 心底呆れ返ったような口振りだ。

「それは知ってるけど。何て言うか、食事中には相応しくない話な気がするから」
「何で?」
「だって、ほら、三花は猫を殺しただろ」
「友也だって殺したでしょ」
「あれは仕方なくだよ。あの一撃を防ぐにはあれしか方法がなかった」
「仕方なくだったらいいの? その考えは危険ね」
「いや、意味もなく殺す方が悪いだろ、どう考えても。しかも二匹も」

 生き残った六匹の猫たちは、今頃どうしているだろう。身じろぎ一つしない草刈の傍らで、呑気に昼寝をしたり、悠然と毛繕いをしたりする彼らの姿が浮かぶ。草刈は死んでいない、と三花は言っていたが。

「善悪の度合いは数では決まらないから。一人のアドルフ・ヒトラーを殺すのと、数万人の無辜の市民を虐殺するのだったら、非難されるのは明らかに後者でしょ」
「何で急にヒトラーが出てくるんだよ」
「それは――長い間、暴君に苦しめられてきたから」
「は? どういうこと?」
「それも食事の時に話すから」
「いまいち話が見えてこないなぁ」
「当たり前でしょ、話を始めていないんだから。……あ、そろそろかな」

 三花はおもむろに脇道に折れた。抜けた先は、人通りがそれなりに多い通り。賑やかな場所でなければ飲食店がないので移動した、ということらしい。

「このへんにある美味しい店、知ってる?」

 アスファルトに覆われた歩道を歩きながら、三花が話を振ってくる。

「いや、残念ながら」
「お洒落なお店がいいな。できればテラス席があって、外の空気と景色を味わいながら食事ができるところが」
「都合よく見つかりますかね」

 そんなやりとりがあってから約五分後、三花が希望する条件に合致した店が見つかった。テラス席を備えたレストランで、店名は『獅子の心』。客の入りはそこそこで、若い女性の姿が目立つ。
 テラス席のテーブルに向かい合って座り、一冊のメニューを二人で覗き込む。三花の体から、香水なのかシャンプーの残り香なのか、花を思わせる甘い香りを淡く感じた。荒っぽいところはあるが、やはり女の子なんだな、と思う。
 三花はふざけて、名前を聞いたことのないマイナー料理や、店長が自己満足で考案したらしいオナニー創作料理を選ぼうとしたので、その都度俺は待ったをかけた。そのせいで、決定までに無闇に時間がかかってしまったが、馬鹿げたやりとりをするのが楽しくなかったと言えば嘘になる。
 注文したのは、俺はチキンサンドとグレープフルーツジュース。三花はスパゲティカルボナーラとアイスカフェオレ。

「絶対合わないと思うけどな、カルボナーラにカフェオレは」
「そんなことないって」

 互いのチョイスに対してああだこうだ言っているうちに、料理がテーブルに運ばれてきた。自分が注文した料理の味や、目が届く範囲内にいる客の容姿などについて話しながら、食事をとる。
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