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vs千村②
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「いい加減、話に入ってくれてもよくないか?」
チキンサンドを半分ほど食べたところで、おしぼりで口元を拭って俺は切り出した。
「ああ、話ね」
フォークを置き、俺を真似るかのような手つきでおしぼりを使う。カフェオレを一口飲み、グラスをコースターに置く。
「あたしには姉が二人いるんだけどね、二人を殺すのを友也に手伝ってほしいの」
「……は?」
「その間抜けな顔に間抜けな声、期待通りの反応ね。……かーわいい」
表情を綻ばせ、頭を撫でようとしてきたので、払い除けた。そこを触られるのが不愉快だという意思表示と、早く話を進めろという要求。その二つの意味から、乱暴ではないが苛立たしさを隠さない手つきで。
「何だよ、殺すって。比喩的な意味?」
「ううん、文字通りの意味」
「何で殺したいの? 何で殺さなきゃいけないの?」
「二人があたしを殺そうとしてくるから。でも、あたしは殺されたくない。だから、殺される前に殺す。簡単に言えばそういうことになるかな」
「殺そうとしてくるって……。三花、お前、二人に対してどんな悪事を働いたんだ?」
「まるであたしに非があるみたいな言い方ね」
「これまでの三花の言動を考えれば、そうなのかなと」
「違うから。悪いのは絶対にあいつらだから。あいつらがあたしをむかつかせるようなことをしたのが、そもそもの始まりなわけ。原因を作ったのはあたしじゃなくて、あのクソどもだから」
語気を強めての反論だ。俺の発言に少々気を悪くしたような様子が窺える。
「ああ、あいつらの顔思い出したらむかついてきた。一秒でも早くぶっ殺してやりたい! ていうか、殺す!」
物騒な単語を大声で連呼したので、何人かの客が俺たちのテーブルに注目した。
三花はフォークを乱暴に掴み、再びスパゲティカルボナーラを食べ始めた。その手つきは荒々しく、かつ投げやりだ。事情を知らない第三者の目には、失恋したショックからやけ食いをしているように見えたかもしれない。
じゃあ、同席している俺は何なんだ。失恋した女の次なる恋人の座を狙って、元カレに対する愚痴と悪口の聞き役を買って出た下心丸出し野郎か? まあ、大きく外れてはいない。俺も愚痴と悪口の聞き役のように、あの手この手を使って、理由なり原因なりを訊き出そうとしている。
「三花とお姉さんたちの間で、何かトラブルがあったみたいだけど」
チキンサンドをおもむろに一口かじって、俺は言う。
「三花の言い分だと、お姉さんたちの方に非があるんだよね。だったらお姉さんたちが何をやったのか、俺に教えてくれ。まずはそこのところを教えてくれないと、協力するのは難しいかな」
「あー、それ、パス。凄く長くなって、説明するこっちが疲れるから」
「はあ?」という声が思わず出た。三花は知らん顔でスパゲティを頬張っている。
不誠実な対応を非難しかけたが、殺すくらいに憎んでいるのだから、人前では言えないようなことなのかもしれない、と思い直した。それを理由に黙秘を貫かれるのは、こちらとしては困るところなのだが――。
「じゃあ、質問を替えよう。力を借りる相手が、何で俺なんだ? 草刈を倒した後で、試験に合格とか何とか言っていたけど、あれは火事場の馬鹿力みたいなものだ。俺は殴り合いの喧嘩なんてろくにしたことがない。動きを見た限り、三花の方がよっぽど強いよね。相手に容赦をしないところとかも含めて」
「うん、それは知ってる」
言下に三花は答えた。
「友也があたしのパンチを避けきれなかった時点で、あなたの実力は完璧に把握したから。あ、この人、喧嘩慣れしてないなって」
「じゃあ、なおさら何で俺が、って話になる。この件についても『言えない』じゃ困るんだけど」
「分かってる」
三花はフォークを置いた。おしぼりで丹念に口元を拭い、カフェオレのグラスに口をつける。勿体ぶっているようにも見える動作に、微かな苛立ちが滲む。
「話聞いてる? 俺をスカウトした理由の説明は?」
「一目見た瞬間、何となく惹かれるものがあったっていうのが一番の理由。……あ、異性として魅力的っていう意味じゃないよ?」
「分かってるよ、そのくらい。いちいち脱線しないで、話を進めてくれよ」
「ていうか、そもそも」
「そもそも、何だよ」
「一度あたしと行動を共にした以上、たとえ友也が拒んだとしても――」
突然、けたたましい音が聞こえた。自動車の走行音だ。俺たちがいる方へと急速に近づいてくる。
振り向いた俺の目に飛び込んできたのは、爆走する一台の軽トラック。速度を緩めずに突っ込んでくる。
俺はゴールキーパーのように横に大きく跳んだ。「危ない」だとか「避けろ」だとかいった一言を叫ぶ余裕はなかった。
直後、俺が座っていた椅子に軽トラックのフロントが激しく衝突。椅子は弾き飛ばされ、テーブルは真っ二つに裂かれる。
軽トラックは止まらない。一つ奥のテーブルに着いていたカップルの男性に激突してレストランの屋根よりも高く撥ね上げ、女性客を轢いて骨が砕ける音を奏で、空のトレイを手にテーブルから離れようとしていたウエイトレスを店舗脇の細道まで撥ね飛ばし、ハリウッド生まれのアクション映画よりも派手に建物に突っ込んだ。硝子が砕け散る音。けたたましい悲鳴。
両手で床を押して素早く立ち上がる。三花の安否を確かめるために動かそうとした顔は、車体の後ろ半分を建物の外に露出させた軽トラを視界に捉えた瞬間、停止を余儀なくされた。車体と壁の隙間から人が現れたのだ。
バファローの被り物で首から上を隠した、面積が狭い水着を着た女だ。拒食症が疑われるほど体の線が細く、身に着けているものがことごとく闇のように黒いせいで、胸の膨らみが実質以上に大きく、白く見える。
その手に握られているのは、ハンドアックス。
チキンサンドを半分ほど食べたところで、おしぼりで口元を拭って俺は切り出した。
「ああ、話ね」
フォークを置き、俺を真似るかのような手つきでおしぼりを使う。カフェオレを一口飲み、グラスをコースターに置く。
「あたしには姉が二人いるんだけどね、二人を殺すのを友也に手伝ってほしいの」
「……は?」
「その間抜けな顔に間抜けな声、期待通りの反応ね。……かーわいい」
表情を綻ばせ、頭を撫でようとしてきたので、払い除けた。そこを触られるのが不愉快だという意思表示と、早く話を進めろという要求。その二つの意味から、乱暴ではないが苛立たしさを隠さない手つきで。
「何だよ、殺すって。比喩的な意味?」
「ううん、文字通りの意味」
「何で殺したいの? 何で殺さなきゃいけないの?」
「二人があたしを殺そうとしてくるから。でも、あたしは殺されたくない。だから、殺される前に殺す。簡単に言えばそういうことになるかな」
「殺そうとしてくるって……。三花、お前、二人に対してどんな悪事を働いたんだ?」
「まるであたしに非があるみたいな言い方ね」
「これまでの三花の言動を考えれば、そうなのかなと」
「違うから。悪いのは絶対にあいつらだから。あいつらがあたしをむかつかせるようなことをしたのが、そもそもの始まりなわけ。原因を作ったのはあたしじゃなくて、あのクソどもだから」
語気を強めての反論だ。俺の発言に少々気を悪くしたような様子が窺える。
「ああ、あいつらの顔思い出したらむかついてきた。一秒でも早くぶっ殺してやりたい! ていうか、殺す!」
物騒な単語を大声で連呼したので、何人かの客が俺たちのテーブルに注目した。
三花はフォークを乱暴に掴み、再びスパゲティカルボナーラを食べ始めた。その手つきは荒々しく、かつ投げやりだ。事情を知らない第三者の目には、失恋したショックからやけ食いをしているように見えたかもしれない。
じゃあ、同席している俺は何なんだ。失恋した女の次なる恋人の座を狙って、元カレに対する愚痴と悪口の聞き役を買って出た下心丸出し野郎か? まあ、大きく外れてはいない。俺も愚痴と悪口の聞き役のように、あの手この手を使って、理由なり原因なりを訊き出そうとしている。
「三花とお姉さんたちの間で、何かトラブルがあったみたいだけど」
チキンサンドをおもむろに一口かじって、俺は言う。
「三花の言い分だと、お姉さんたちの方に非があるんだよね。だったらお姉さんたちが何をやったのか、俺に教えてくれ。まずはそこのところを教えてくれないと、協力するのは難しいかな」
「あー、それ、パス。凄く長くなって、説明するこっちが疲れるから」
「はあ?」という声が思わず出た。三花は知らん顔でスパゲティを頬張っている。
不誠実な対応を非難しかけたが、殺すくらいに憎んでいるのだから、人前では言えないようなことなのかもしれない、と思い直した。それを理由に黙秘を貫かれるのは、こちらとしては困るところなのだが――。
「じゃあ、質問を替えよう。力を借りる相手が、何で俺なんだ? 草刈を倒した後で、試験に合格とか何とか言っていたけど、あれは火事場の馬鹿力みたいなものだ。俺は殴り合いの喧嘩なんてろくにしたことがない。動きを見た限り、三花の方がよっぽど強いよね。相手に容赦をしないところとかも含めて」
「うん、それは知ってる」
言下に三花は答えた。
「友也があたしのパンチを避けきれなかった時点で、あなたの実力は完璧に把握したから。あ、この人、喧嘩慣れしてないなって」
「じゃあ、なおさら何で俺が、って話になる。この件についても『言えない』じゃ困るんだけど」
「分かってる」
三花はフォークを置いた。おしぼりで丹念に口元を拭い、カフェオレのグラスに口をつける。勿体ぶっているようにも見える動作に、微かな苛立ちが滲む。
「話聞いてる? 俺をスカウトした理由の説明は?」
「一目見た瞬間、何となく惹かれるものがあったっていうのが一番の理由。……あ、異性として魅力的っていう意味じゃないよ?」
「分かってるよ、そのくらい。いちいち脱線しないで、話を進めてくれよ」
「ていうか、そもそも」
「そもそも、何だよ」
「一度あたしと行動を共にした以上、たとえ友也が拒んだとしても――」
突然、けたたましい音が聞こえた。自動車の走行音だ。俺たちがいる方へと急速に近づいてくる。
振り向いた俺の目に飛び込んできたのは、爆走する一台の軽トラック。速度を緩めずに突っ込んでくる。
俺はゴールキーパーのように横に大きく跳んだ。「危ない」だとか「避けろ」だとかいった一言を叫ぶ余裕はなかった。
直後、俺が座っていた椅子に軽トラックのフロントが激しく衝突。椅子は弾き飛ばされ、テーブルは真っ二つに裂かれる。
軽トラックは止まらない。一つ奥のテーブルに着いていたカップルの男性に激突してレストランの屋根よりも高く撥ね上げ、女性客を轢いて骨が砕ける音を奏で、空のトレイを手にテーブルから離れようとしていたウエイトレスを店舗脇の細道まで撥ね飛ばし、ハリウッド生まれのアクション映画よりも派手に建物に突っ込んだ。硝子が砕け散る音。けたたましい悲鳴。
両手で床を押して素早く立ち上がる。三花の安否を確かめるために動かそうとした顔は、車体の後ろ半分を建物の外に露出させた軽トラを視界に捉えた瞬間、停止を余儀なくされた。車体と壁の隙間から人が現れたのだ。
バファローの被り物で首から上を隠した、面積が狭い水着を着た女だ。拒食症が疑われるほど体の線が細く、身に着けているものがことごとく闇のように黒いせいで、胸の膨らみが実質以上に大きく、白く見える。
その手に握られているのは、ハンドアックス。
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