グッバイ童貞

阿波野治

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vs千村③

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 牛女は、軽トラの傍らでへたり込んでいる若い女性の前で足を止めた。
 女性は正座を大きく崩した姿勢で座り、見開いた双眸で牛女の顔を凝視している。バグったみたいに全身が激しく震えている。腰が抜けて立てないらしい。股間を中心にして、正円形に床が濡れている。
 牛女がハンドアックスの柄を両手で握り、高々と振り上げた。長い、長いインターバル。女性は一ミリも動けない。凶器が一直線に脳天へと振り下ろされ、深々とめり込む。ぇはん、という声が被害者の口から飛び出し、加害者の豊かな乳房が弾んだ。刃は鼻の付け根に達して止まる。先程までのものとは似て非なる、激しい震えが女性の体を躍らせる。
 凶器が引き抜かれ、真紅が散った。女性の上体は震えながらも直立していたが、数秒後に後ろ向きに倒れた。
 倒れた後も体は痙攣し続けている。ぱっくりと割れた頭蓋骨から、夥しく血液が流出する。朱に染まった脳味噌が毒々しい。虚空を睨み、締まりなく開いた口から舌を覗かせたその顔は、明らかに死んだ人間のそれだ。

 牛女が動いた。肉片と血と脳漿をこびりつかせたハンドアックスを片手に悠然と歩を進め、次に足を止めたのは、三人組の女性が陣取るテーブルの前。一人は椅子に座ったままで、残る二人は横倒しになった椅子の傍らに座り込んでいる。
 バファローの顔はまず、椅子に座った女性を直視した。ひぃっ、という、押し殺したような悲鳴。今度は右手一本で凶器を把持し、腕を水平に引く。
 座面から尻を浮かせようとした、次の瞬間、刃が襲いかかった。女性の頭部がいとも簡単に首から切り離され、高々と舞い上がる。長い滞空時間を経て、床に墜落。意思を持った生物のように勢いよく転がり、俺の足元で停止する。滑稽さと悲愴さがミックスされた死に顔だ。背もたれの働きにより、頭部を失ってもなお、女性の体は椅子に座り続けている。

 牛女は続いて、床に座り込んだ二人のうち、自らに近い方に狙いを定めた。被り物越しに目が合った瞬間、逃げ出そうとしたが、あまりにも遅すぎる。両手で振り下ろされた一撃により、床についていた右手が切り離された。鮮血が噴き出す患部を反対の手で押さえ、哀れなる被害者は絶叫する。
 黙らせようとするかのように、牛女は猛烈な連打を浴びせた。防げるはずもない攻撃を防ごうとした左腕が吹き飛ばされる。防ぐのを断念し、再び逃走を試みようとした瞬間、アキレス腱ごと右脚を切断される。連打・連打・連打。破壊する喜びを表現するように、牛女の豊満な乳房が激しく踊り狂う。被害者の声は見る見る小さくなり、ほどなく途切れた。
 牛女がハンドアックスを振るう手を止めた。殺人鬼の足元には、四肢が中途半端に欠損し、全身に無数の深い切り傷を負った死体が転がっている。

「ああああああ! いやぁあああ!」

 生き残った一人がこけつまろびつ走り出した。
 牛女は往年の大投手さながらに大きく振りかぶり、凶器を投擲した。ハンドアックスは縦方向に回転しながら女性に迫り、おぼおっ、という声。電池が切れたかのように動きが停止し、刃を背中に突き刺した体がくずおれる。殺人鬼は仕留めたばかりの獲物のもとへと歩み寄る。

「四人殺害、か。お縄にかかったら死刑確実ね」

 場違いに長閑な声が聞こえた。振り向くと、三花が立ったままスパゲティカルボナーラを食べている。

「いや、店に突っ込んだ時に何人か逝っただろうから、六・七人ってところかな」
「おい。なに呑気に食ってんだ、こんな時に」
「そこは『大丈夫?』とか『怪我はない?』って声をかけるところじゃない?」
「大丈夫じゃないなら、カルボナーラなんか食わないだろ」
「カフェオレを守る余裕はなかったな、残念ながら」
「ふざけている場合じゃないだろ。あの女は――」

 鈍い音が響き、俺と三花は同時に振り向く。牛女が握り締めたハンドアックスの刃が、俯せに倒れた女性の後頭部に深々と突き刺さっていた。トドメをさしたのだ。
 牛女は刃を引き抜き、俺たちに向き直った。表情を読み取れない顔が不気味で、体を動かせなくなる。
 牛女は凶器を肩に担ぎ、こちらに歩み寄ってきた。

「よしっ、完食」

 三花は皿とフォークを床に置くと、牛女に向かって歩き出した。

「ちょっ……三花!」

 大声を出したつもりだが、三花は振り返らない。立ち止まらない。

「お前、なにやってるんだよ。死ぬ気か。凶器を持っている敵に素手で立ち向かうなんて――」

 牛女が駆け出した。三花の歩行速度に変化はない。隔たっていた距離が見る見る縮まる。

「三花……!」

 バファローの頭を被った体が跳躍し、両手に把持した凶器を振りかざした。三花は足を止め、近くに転がっていた椅子を掴む。
 虚空を切り裂いて降ってきた刃を、三花は椅子で受け止めた。爆破されたかのように椅子が砕け散る。刃は三花の体には達していない。牛女が着地した時には、敵の左側面に回り込んでいる。

「がら空きだ、ボケ」

 回し蹴り。左手を可能な限り素早く柄から離し、攻撃を防ごうと試みたが、それよりも先に脇腹に炸裂した。牛女の体は数メートル低空飛行し、顔面を床に強打。激しく回転しながら隣店との境界をなす植え込みに突っ込んだ。
 目にも留まらぬ攻防に、俺は声を上げることすらできない。
 三花は涼しげな表情で、いかにも余裕綽々といった風に佇んでいる。
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