グッバイ童貞

阿波野治

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vs高井②

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 軽トラックが停まった。
 俺は荷台から飛び降り、三花は助手席から降りる。その手にはギターケースが握られていて、片隅に赤字で「I am a psychopath」と綴られているのが確認できた。アリッサは運転席に座ったままだ。
 駐車場はさほど広くない。店舗の背後に設置された、二メートルくらいの高さのブロック塀の向こうには、古びたクリーム色のアパートが建っている。四階建てで、各フロアに部屋は五室ずつ。ブロック塀に対しているのはベランダ側で、洗濯物が干されている部屋は少ない。

「それじゃあ、偵察といきましょうか。準備はいい?」
「いいけど、アリッサはどうするんだ」
「片づくまで待っていてもらう。連れて行っても足手まといになるだけだし」
「でも、俺たちが不在の隙に逃げたりしないかな。アリッサにとってはその方がいい気もするけど」
「その心配はないんじゃない? アリッサ、誰かに命令されないと動けない、ロボットも同然だから。でも、念のために言っておこうかな」

 三花は運転席のドアの前まで歩を進め、窓硝子をノックし、顔を出すよう手振りで促した。アリッサは驚くほど素直に命令に従う。三花はすかさず、鼻頭同士がぶつかりそうなほど顔を近づけ、思い切り眉根を寄せて凄んだ。

「おい、公衆便所。たとえ三十メートル級の津波が襲ってきたとしても、あたしたちが戻ってくるまでトラックの中で待機していろ。もし逃げたら、地の果てまで追いかけて捕まえて、脳味噌食べさせながら首を切り落とすから。分かった?」
「は、はぃい! 分かりましたぁ……っ!」

 アリッサの体は病的に震え、顔面は蒼白だ。「秘密基地」で尿を出していなかったら、失禁してシートを濡らし、三花を本気で怒らせる事態になっていたかもしれない。

「はい、完了」
「脳味噌を食べさせるって、誰の脳味噌だよ。取り出した時点で死ぬから、自分の脳味噌を食べるのは不可能だし……」
「細かいことは気にしないで。それじゃあ、アパートへ行こっか。――あそこから」

 ブロック塀を指差したかと思うと、そちらへと小走りに駆けていく。近づけるぎりぎりまで接近し、跳躍。軽く跳んだようにも見えたが、頂上にしっかりと両手がかかった。懸垂の要領で体を持ち上げ、片足をかけ、全身を塀の上まで持っていく。ギターケースを携えているとは思えない機敏な身のこなしに、俺は惜しみない拍手を送った。
 てっぺんに座ったまま、「早くおいでよ」とばかりに俺を手招く。それに応じて、同じやり方で登ろうと試みた。しかしジャンプ力が足りず、膝を塀に擦りながら着地する結果となった。しかもアスファルトの地面に尻を強打するおまけつきだ。

「だっさ。なにやってんの」
「うるせぇ」

 挑戦二回目。微妙に足りなかったが、文字通り三花の手を借り、何とかブロック塀の上へ。
 大変だな、登るだけでも。
 身を投げるために、苦労しながらも金網フェンスをよじ登った早乙女四方子のことを、ほんの少し想った。

 塀の外側には植え込みが広がっている。奥行きが広く取られているため、平らな地面に着地するのは難しそうだ。
 三花は不承不承といった横顔を見せながらも、躊躇いなく飛び降りた。葉が揺れ、枝が折れる。抵抗がないといえば嘘になるが、覚悟を決めて三花に続く。枝葉がクッションの役目を果たしたため、何箇所か軽い擦り傷を負っただけで済んだ。

「やれやれ。ていうか、わざわざ塀を乗り越えなくても、入口から普通に入ればよかったんじゃないか?」
「まあ、いいじゃない」

 植え込みから抜け出し、互いの体に付着した葉を協力して払い落とす。三花は薄ら笑いをしながら俺の股間に手を伸ばしてきた。

「アホ。やめろ」
「ええい、よいではないか」

 当然のごとく払い除けたが、三花は執拗だ。仕返しに、ふざけ半分に胸に手を伸ばす。避けなかったため、膨らみを鷲掴みする形となった。

「あうおっ!?」

 反射的に手を引っ込める。三花はにやにやしている。

「どう? あたしノーブラなんだけど、分かった?」
「いや、全く」

 唇を不敵に歪め、ワイシャツのボタンを素早く外して前を開いてみせる。

「……なるほど。よく分かったよ」
「感想は?」
「でかい。あと、乳輪の色が綺麗」
「形は? ねえ、形は?」
「いいと思うよ。……うん、いいと思う」
「よし! 気分もよくなったし、先へ進もう!」
「ボタンとめてからな」

 三花が作業を終えるのを待って、建物へと足を進める。

「ところで、高井の部屋はどうやって探り当てるつもり?」
「ひとフロア五部屋かける四階でしょ。虱潰しに探すしかないんじゃない」
「まあ、それしかないよな」

 一階の端から順番に見て回るものと思っていたが、三花はエレベーターホールに入った。訝しく思ったが、黙って後に続く。三階まで昇っていた箱が一階まで下降し、ドアが左右に開く。中に入る。
 三花が階数ボタンを押そうとした時、慌ただしい靴音が近づいてきた。桜色のワンピースを着た少女だ。十二・三歳だろうか。三花は階数ボタンではなく、開閉ボタンの「開」を押してドアの状態をキープする。
 少女は入る直前で歩を緩め、中に足を踏み入れた。三花に向かって中くらいのお辞儀をし、俺に対しては小さく頭を下げる。乱れた前髪を指先で直しつつ、呼吸を整える。ドアが閉まる。
 少女が操作パネルに手を伸ばそうとした瞬間、三花は忍者のように素早く彼女の背後に回り込み、右手で口を覆った。さらに左手で両手首を一まとめに掴む。

「騒がないで。騒いだら、下半身についている穴が一本化されちゃうかもよ」

 どこか芝居がかっているが、しかし無垢な弱者を慄然とさせ、竦ませるには充分な、低く押し殺したささやき。少女は目だけを動かして三花の顔を見た。行き先が指定されていないため、エレベーターは動き出さない。

「してもらいたいことがあるの。子供のあなたにもできることよ。ちゃんと命令通りに動いてくれたなら、命は助けてあげる。ていうか、むしろご褒美あげちゃう。のど飴、すぐ前のコンビニで買ってあげるね。やる気出た?」
「いや、もっといいものを買ってやれよ」

 思わず突っ込んでしまった。こいつ、ボケの天才かよ。
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