ヒモ男と新幹線

阿波野治

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 瞼を開き、枕元のデジタル時計を見ると、午前五時半。普段と比べると随分と早い目覚めだ。
 早朝は新幹線を破壊するのに相応しい時間帯ではない。布団の中でぐずぐずしていると、なぜだろう、得体の知れない不安がじわりじわりと胸に広がっていく。
 上体を起こして六畳間を見回す。俺のではない布団が目に入った瞬間、思わず叫びそうになった。
 寝床にリリカの姿がない。

 掛け布団を跳ね飛ばして立ち上がる。黄色いテープすれすれまで歩を進め、改めて布団を凝視したが、結果が変わるはずもない。玄関に行ってみたが、リリカの靴はなかった。
 胸騒ぎがする。リリカがこんな早い時間帯に外出したことは、同棲を始めて以来一度もない。ハンドバッグがないようだったが、もう出勤したのだろうか? まさか。いくらなんでも早すぎる。
 では、どこへ行ったんだ? 目的は何なんだ?

 六畳間に引き返すと、卓袱台の上に薄桃色の便箋が置かれているのが目に留まった。引ったくるように掴み取る。文字が書き連ねてある。

『ハンマーを買って、何をしようと企んでいるのですか』

 冒頭の一文を読んだ瞬間、鼓動が高鳴り始めた。紛れもないリリカの筆跡だ。卓袱台の横に置かれたホームセンターのレジ袋に目を転じると、ハンマーは入ったままだったが、口は大きく開いていた。

『あなたのことが分からなくなりました。これ以上、あなたと一緒に暮らすことはできません。今日限りであなたの部屋から出て行きます。あなたに言いたいことは色々とありますが、あなたを不愉快な気持ちにさせる結果になるだけだと思うし、あなたが反論できない状況で私が一方的にあなたのことをとやかく言うのはフェアではないので、やめておきます。部屋に残っている荷物は全て捨ててもらって構いません。さようなら』

 力任せに便箋を引き裂いた。両手が震え、顔が熱い。
 レジ袋からハンマーを掴み出す。木製の柄を力一杯握り締めた瞬間、荒々しい衝動に駆られ、意味不明の奇声を発しながら部屋を飛び出した。リリカを壊したいのか、新幹線を壊したいのか、自分でもよく分からないままに。
 階段を猛然と駆け下りる。狂った声を撒き散らしながら、転びそうになりながらも駆け下りる。

 多分、庭にはもう、新幹線は停まっていない。
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