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トイレに行こうとして、洗濯機のフタが開きっぱなしなことに気がついた。
そして、洗濯物を干すのを忘れていたことも。
小用を足し、洗濯機の中の衣類を洗濯カゴに放りこむ。ベランダに出ると、すっかり夜の帳が下りている。
部屋の明かりがベランダまで影響を及ぼしているので、作業に支障はない。
名前の分からない羽虫が、明かりにいざなわれて室内に入ろうとしているが、透明な壁に遮られて目的を果たせない。開けっ放しだった掃き出し窓を閉じ、カゴの中の衣類を一枚一枚干していく。
*
一人暮らしについて話していた二人組が歩いてきた道のほうへ、アラバマは進んでみる。
郵便ポストを通過し、金網フェンスに沿って鉄道高架を目指す。今風の一戸建て、古い木造の民家、粗末なアパート。
長々と続いていたフェンスが急に途切れたので、思わず足を止めた。アパートの出入り口だ。広い駐車場には車は一台も停まっていない。
視界の端でなにかが動いた。
建物に向き直り、動くものに焦点を当てる。
*
干し終わったときには、諦めたらしく、羽虫は姿を消していた。
*
敷地内に足を踏み入れ、アパートに近づいていく。
階段を二段上るたびに、右を見て左を見て後ろを見て、周囲の状況を確認する。人の気配は感じないし、人の姿もない。足音がいちいち響くので、歩の運びはおのずと慎重になる。
二階に達したところで、アパートの前の道を自動車が走り抜けた。走行音が聞こえなくなるまで道に目を据え、今度は二階の通路の先の闇をじっと見つめる。小さく息を吐き、三階へと続く階段を上る。
目的のドアの前まで来て、深呼吸を一つ。背伸びをして、手を伸ばして、インターフォンを鳴らす。
*
危うくスマホを顔に落とすところだった。
上体を起こし、次なるインターフォンを待ち受けたが、鳴らない。スマホを置いてベッドから下り、玄関へ向かう。
ドアスコープから訪問者を見て、惣助の顔は驚きに包まれた。
内鍵を開錠し、ゆっくりとドアを開く。
「……君は」
アラバマはいささか怖じたような瞳で、しかし全体としてはふてぶてしく、五十センチ近く高い顔を見返した。
「もしかして、僕のあとをつけてきた?」
「ううん。たまたま見つけた。洗濯物干してたでしょ」
「ああ、さっきね。見たんだ」
「夜のに、へんなやつだー、って」
「生活のサイクルが狂っているからね。そんなことより、こんな時間にどうしたの。家に帰らなくていいの」
「灰色じじいがいる」
「灰色じじい? ……あだ名?」
「せーかい」
「君の家族? その灰色じじいとかいう人は」
「違う。家族とか、いないし」
アラバマは目を逸らす。惣助は上体を突き出し、廊下の右を見て、左を見た。前屈みになって顔の高さを相手に合わせる。
「わけありみたいだね。……入る?」
「うん」
目を合わせ、きっぱりと答えた。
「それじゃあ、中にどうぞ。……あ。部屋を片づけたいから、玄関でちょっとだけ待ってて。ごめんね」
アラバマは自分からドアの内側に入り、さらにドアの内鍵を閉めた。
目が合うと、早く行けば、という表情を彼女は見せた。
そして、洗濯物を干すのを忘れていたことも。
小用を足し、洗濯機の中の衣類を洗濯カゴに放りこむ。ベランダに出ると、すっかり夜の帳が下りている。
部屋の明かりがベランダまで影響を及ぼしているので、作業に支障はない。
名前の分からない羽虫が、明かりにいざなわれて室内に入ろうとしているが、透明な壁に遮られて目的を果たせない。開けっ放しだった掃き出し窓を閉じ、カゴの中の衣類を一枚一枚干していく。
*
一人暮らしについて話していた二人組が歩いてきた道のほうへ、アラバマは進んでみる。
郵便ポストを通過し、金網フェンスに沿って鉄道高架を目指す。今風の一戸建て、古い木造の民家、粗末なアパート。
長々と続いていたフェンスが急に途切れたので、思わず足を止めた。アパートの出入り口だ。広い駐車場には車は一台も停まっていない。
視界の端でなにかが動いた。
建物に向き直り、動くものに焦点を当てる。
*
干し終わったときには、諦めたらしく、羽虫は姿を消していた。
*
敷地内に足を踏み入れ、アパートに近づいていく。
階段を二段上るたびに、右を見て左を見て後ろを見て、周囲の状況を確認する。人の気配は感じないし、人の姿もない。足音がいちいち響くので、歩の運びはおのずと慎重になる。
二階に達したところで、アパートの前の道を自動車が走り抜けた。走行音が聞こえなくなるまで道に目を据え、今度は二階の通路の先の闇をじっと見つめる。小さく息を吐き、三階へと続く階段を上る。
目的のドアの前まで来て、深呼吸を一つ。背伸びをして、手を伸ばして、インターフォンを鳴らす。
*
危うくスマホを顔に落とすところだった。
上体を起こし、次なるインターフォンを待ち受けたが、鳴らない。スマホを置いてベッドから下り、玄関へ向かう。
ドアスコープから訪問者を見て、惣助の顔は驚きに包まれた。
内鍵を開錠し、ゆっくりとドアを開く。
「……君は」
アラバマはいささか怖じたような瞳で、しかし全体としてはふてぶてしく、五十センチ近く高い顔を見返した。
「もしかして、僕のあとをつけてきた?」
「ううん。たまたま見つけた。洗濯物干してたでしょ」
「ああ、さっきね。見たんだ」
「夜のに、へんなやつだー、って」
「生活のサイクルが狂っているからね。そんなことより、こんな時間にどうしたの。家に帰らなくていいの」
「灰色じじいがいる」
「灰色じじい? ……あだ名?」
「せーかい」
「君の家族? その灰色じじいとかいう人は」
「違う。家族とか、いないし」
アラバマは目を逸らす。惣助は上体を突き出し、廊下の右を見て、左を見た。前屈みになって顔の高さを相手に合わせる。
「わけありみたいだね。……入る?」
「うん」
目を合わせ、きっぱりと答えた。
「それじゃあ、中にどうぞ。……あ。部屋を片づけたいから、玄関でちょっとだけ待ってて。ごめんね」
アラバマは自分からドアの内側に入り、さらにドアの内鍵を閉めた。
目が合うと、早く行けば、という表情を彼女は見せた。
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