わたしの流れ方

阿波野治

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いじめ

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「鼻にストローを挿してゼリーを吸ってみろ。お前なら出来るだろう」
 関たちのからかいの言葉を無視し、放課後の教室を後にする。
「逃げたぞ! 逃げた、逃げた」
 関たちは嬉々として囃し立てたが、それも無視した。
 逃げたわけではない。くだらない連中の相手をしても時間が無駄になるだけだから、無視したのだ。
 心中でそう繰り返したが、帰宅している間と、帰宅してからしばらくの間は、関たちに浴びせられた言葉が脳内で延々とリピートされている状態だった。
 翌日、スケッチブックとペンを持参し、動物園へと出かけた。友好条約を結んでから二十年になるのを記念して、隣国から贈与されたキリンが本日より公開されるので、スケッチしようと思ったのだ。キリンを生で見るのは初めてだが、どんな姿をしているのだろう。
 わたしがスケッチするつもりなのはキリンだが、実際に公開されるのはキリンの方ではないか。バスに揺られている最中、そんな疑いが忽然と生じた。つまり、中国に生息する聖獣のキリンではなく、長い首と四肢と舌を持つ方のキリンではないか、と。
 考えただけでも寒気がする。あんななにもかもが長い奇形動物、見るのも嫌だ。
 キリンがいないなら、動物園に用はない。バスを降りようかとも考えたが、公開されるキリンが、わたしが望む方のキリンだったらと思うと、降車ブザーを押すのを躊躇ってしまう。
 途中下車するべきか、乗り続けるべきか。思い悩んでいるうちに、昨日の関たちのくだらない、心ない言葉の数々が甦ってきて、暗澹たる心持ちになった。
 結局、降車ブザーを押せないまま終点の「動物園前」に到着し、バスを降りた。
 どちらのキリンかは分からないが、とにもかくにもキリンの檻の前まで行ってみるべきだ。そうは思うものの、自分が望む方のキリンではなかった場合の落胆を想像すると、入園料を払ってまで動物園に行く気にはなれない。
 迷いに迷った末、隣接する植物園に行くことにした。
 園内に客は少なかった。やかましく吠え立てる動物がいないので、森閑としている。
 散策しているうちに目に留まったのが、ネコヤナギ。鞄からスケッチブックとペンを取り出し、ペンを動かす。対象を忠実に写し取る作業は、いつも実感することだが、心が安らぐ。関たちやキリンのことなどすっかり忘れた、その矢先、
「おっ、ネコヤナギだ」
「ほんとだ。かわいい」
 どこからかカップルが現れ、わたしの反対側からネコヤナギを眺め始めた。
 わたしは眉をひそめた。ただ眺めるだけならなんの問題もないのだが、カップルは性に関する俗語を多用して会話したり、互いの際どい部分を無遠慮に触り合ったりと、こちらの集中力を削ぐような言動を盛んに見せるのだ。
 事を荒立てたくなかったので、粘り強く我慢した。しかし二人が抱き合い、キスを交わし始めたのを見て、堪忍袋の緒が切れた。
「おい! スケッチの邪魔だから、いちゃつくなら余所でやってくれ!」
 怒鳴り声を上げると、カップルは抱き合ったままわたしを見返した。そして顔を見合わせ、けたたましい声で笑った。それが引き金となり、関たちに浴びせられたからかいの言葉の数々が脳裏に甦った。
 石化したかのように体が動かない。カップルはあまりにも笑いすぎて、今にも顎が外れそうだ。
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