わたしの流れ方

阿波野治

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神楽坂のライオン

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 祖父の家に草刈りを手伝いに行って驚いたのは、自分が思いのほか電動草刈り機を上手に操れたことだ。
 一メートルほどの棒の先端に、風車の羽根のようなカッターが備わっている。刈った草が操縦者まで飛んでこないよう、カッターの上部に電気スタンドの傘に似たカバーが装着されている。カッターの回転のオンとオフはスイッチ一つで切り替えられる。カッターを地面とは水平に動かして根本から雑草を刈り取るのだが、説明書に注意書きされていた、棒を傾けすぎてカッターで地面を傷つけるミスも、わたしは一度も犯さなかった。
 秘めていた才能のお陰もあり、作業は予定よりも早く完了した。
 居間の卓袱台に祖父と向かい合って座り、茶をすする。程良い渋みが疲れた体に心地よかったが、茶菓子が出てこないのは不満だった。一仕事終えて小腹が空いていることくらい、察してくれてもいいだろうに。
 茶を飲み終わると、祖父は買い物に行くと言い出した。わたしは留守番をすることになった。祖父にとっては、荷物を持ってもらうことよりも、家人不在の我が家を守ってもらうことの方が重要らしい。草刈り以外の手伝いをしろと要請された覚えはなかったが、細かいことに一々文句をつけるのもどうかと思ったので、
「いってらっしゃい。車に気をつけてね」
 笑顔で送り出した。
 暇つぶしになるものはなにかないかと、祖父の私室を覗いてみたが、退屈を紛らわせるようなものはない。
 居間に戻ってくると、庭にライオンがいた。草を刈ったばかり、すっきりとした庭の中央に体を横たえ、くつろいだ様子で尻尾の先を揺らしている。その太い首には金色の首輪が取りつけられ、ネームプレートには「神楽坂」の三文字が刻まれている。
 ライオンがこちらを向いた。巨大な頭部とは対照的な小さな瞳でわたしを見つめたが、すぐにそっぽを向いた。どうやらわたしを食べる気はないらしい。胸を撫で下ろした、と言いたいところだが、気を緩めた途端に襲いかかってきそうな気がして、その場から一歩も動けない。
 やがて祖父がレジ袋を提げて帰宅した。ライオンの横を平然と通過して家に入る。ライオンは祖父に一瞥をくれただけだった。金縛りが漸く解けた。
「祖父ちゃん! ライオンだよ、ライオン。警察に通報しなくてもいいの?」
「ああ、あのライオンかい」
 孫のわたしとは対照的に、祖父は慌てる様子もなく、買ってきた茶菓子を卓袱台に並べる。
「あれは神楽坂のライオンで、よく脱走するんだ。このあたりではよくニュースになるよ。私の家まで来たのは初めてだが、あの通り大人しいライオンだから、放っておけばいい」
 世間話をするような調子で答えるものだから、拍子抜けしてしまった。
 二人で茶菓子を食べ、祖父宅を辞した。ライオンの横を通ったが、こちらを見向きもしなかった。
 一週間後、祖父から電話がかかってきた。草刈りを手伝ってくれないか、と頼んできた日以来の電話だ。電話に出ると、
「食った、食った、とうとう食ったぞ」
 明らかに祖父のものではない、野太い声が告げ、一方的に通話が切られた。
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