わたしの流れ方

阿波野治

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ミュージック

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 炊飯ジャーに白米を一合、水を適量入れ、右手でひたすら研いでいるうちに、なにかがおかしいことに気がつく。
「あああああああああ」
 呻き声が聞こえてくるのだ。苦しいが、苦しむ気力さえ途絶えようとしている、そんな呻き声が。
 頃合いになったので、ジャーを傾けて研ぎ汁をシンクに捨てた。研ぎ汁は白色ではなく、真っ赤だった。面食らってジャーの中を覗き込むと、
「あああああああああ」
 白米ではなく脳味噌が入っている。
 炊飯ジャーは炊飯ジャーではなく、人間の頭蓋骨だった。
 ひゅう、と口笛を吹き、頭蓋骨の内側の脳味噌を激しく掻き混ぜる。飛び散る脳味噌の破片が、血が、わたしの服を、シンクを、床を汚していく。
 あっという間に頭蓋骨の内側は空になった。すっかり軽くなったそれを胸に抱き締める。
「……さて」
 次なる行動を思案していると、どこからか音が聞こえてきた。太鼓を忙しなく小刻みに叩く音だ。なんだか無性に楽しくなってきて、ステップを刻み始める。こちらとしては真剣に踊っているつもりだが、もし目撃した者がいたならば、その者の目には、太陽光に熱せられた砂浜の上を跳ね回っているかのような、滑稽千万な踊りに見えたに違いない。
 出し抜けに足が床に滑った。肩を壁ぶつけた――と思いきや、すり抜け、床に倒れ込む。上体を起こし、壁に手で触れると、指が埋まった。片足で床を蹴りつけたが、足は沈まない。踊りを踊ったお陰か、地面以外の物体をすり抜けられける能力をわたしは得たらしい。
 太鼓の音は鳴り響き続けている。すっくと立ち上がり、頭蓋骨を投げ捨てる。
「あああああああああ」
 奇声を上げながら走り出す。壁をすり抜け、ドアを開けずに通過し、外へ。
「あああああああああ」
 わたしは走った。老人が運転する暴走車、独裁者が支配する国が飛ばしたミサイル、通り魔が振るった白刃。大小の破壊兵器が次々とわたしに襲いかかったが、ことごとくわたしの体をすり抜け、わたしの近くにいた人や物を傷つける結果を生んだ。被害者に構っている暇などない。音源を目指して、ひたすら走った。
 疲労感を覚えて足を止めると、そこは石造りの建物が建ち並ぶ小さな村だった。いっときと比べると、太鼓の音量はかなり大きくなっている。どうやらこの村に太鼓を叩いている者がいるらしい。
 探索の結果、空っぽの馬小屋の隣にあった、地下へと続く階段、ここが怪しいと踏んだ。一段下りるごとに太鼓の音量は上がっていく。
 階段を降りた先は、思いがけず明るかった。八畳ほどの立方体の部屋で、中央で男がボンゴのような打楽器を連打している。古代のローマやギリシャを連想させる服装をまとった男だ。
 男は首から上が消失していた。
「それがお前の音楽か?」
 声を大にして、それでいて感情を殺した口調で、首なし男に問う。声は石の壁に反響し、薄れるように消えた。返事はない。打楽器の音は止まない。
「恥ずかしくないのか?」
 再び問うたが、首なし男は返事をすることなく打楽器を叩き続ける。
 殴ろう、と思った。暴力を行使した代償に、物体をすり抜けられる能力を失ったとしても構わないから。
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