わたしの流れ方

阿波野治

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旋風

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 記念すべきファーストシングルは八枚しか売れなかった。メンバーが一枚ずつ、メンバーの一家が一枚ずつ買って、それでおしまい。
「旋風、巻き起こしてぇなぁ」
 ドラムAのクサナギがおもむろに呟いた。
 わたしたちの行きつけのカフェ『シンクロニシティ』のカウンター席。バンドのメンバーと共に過ごす、怠惰な昼下がり。マスターはカウンターの内側で息絶えている。「ツケを払え」と迫ってきたために口論になり、わたしたちが四人がかりで撲殺したのだ。
「巻き起こしてぇなぁ、旋風」
 ドラムBのイナガキが言う。ドラムCのカトリは繰り返し頷いて同意を示す。
『でも、俺たちには無理だよな』
『ま、確かに八枚しか売れなかったけど、全く売れないよりはマシじゃね?』
『だよな。零よりも八がいいに決まってる』
 そんな慰めにもならない会話を交わして、解散。それが最近のお決まりのパターンだった。
 わたしはもう、そんなくだらないやりとりは御免だった。殺人の罪を犯し、ただでさえ暗くなっている雰囲気を、これ以上暗くさせたくなかった。だからわたしは――。
「巻き起こせるさ!」
 スツールから立ち上がり、三人のドラマーに向かって叫んだ。三人は一様に「いや、でも……」みたいな顔をする。全く、こいつらは。
「論より証拠! わたしが旋風を巻き起こしてやる! うりゃー!」
 その場で回転し始める。するとその動きに合わせて、わたしの体の周囲を風が回り始めた。竜巻が発生したのだ。
 竜巻の威力はかなり強いらしく、たちまち屋根が吹き飛んだ。続いて、風の渦に巻き込まれて食器やテーブルや観葉植物が上昇、次から次へと建物の外へ放出されていく。
「とめろ! 竜巻、とめろぉ!」
 飛ばされまいと、カウンターにしがみついたドラマーたちが口々に叫ぶ。わたしは竜巻をとめなかった。意思一つでとめられると分かってはいたが、とめなかった。竜巻を巻き起こす快感に酔っていたのだ。
 とうとうカトリが吹き飛んだ。少し間を置いて、イナガキとクサナギも建物の外へと消えた。竜巻をストップさせる。
『シンクロニシティ』の店内は怪獣に踏み荒らされたような様相を呈している。固定されていなかった物はことごとく吹き飛ばされ、壁板も床板も半分ほどが剥がれてしまった。カウンターの内側を覗き込むと、食器やテーブルや観葉植物と同様に飛ばされたらしく、マスターの死体は消えていた。
 飲みかけのコーヒーも飛ばされ、することが完全になくなってしまったので、店を出る。朝だった。来店したのは夜の七時過ぎだったのにもかかわらず、朝。どうやら竜巻は、夜をも吹き飛ばしてしまったらしい。
「ま、いっか」
 呟いて気持ちを切り替え、駅へと向かう。
 しばらく歩くと、散乱するゴミが行く手を塞いだ。竜巻のせいかと思ったが、頭上から聞こえた不気味な鳴き声に、犯人の正体を悟った。カラスだ。カラスが家庭ゴミの袋を食い荒らしたのだ。
 不快感を覚えながらも散乱するゴミを正視する。女性用シャンプーの空き容器、鶏卵の殻、茶色く変色した紙切れ。ゴミを出した当人の生活がおぼろげながら、本当におぼろげながらではあるが見えてくるようで、中々興味深い。
 物理的な悲劇により、バンドが解散に追いやられた今、すべきことは特にない。もう少し、もう少し眺めていたかったが――。
 でも、ゴミを踏み潰して前に進まなくては。
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