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安定
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住宅街を散歩している最中、ブロック塀の上になにかが置かれているのを見つけた。近づいてみた結果、牛乳パックで作られた貯金箱だと判明した。箱状の本体の真ん中ほどに、大きさも形状も券売機や自販機などの硬貨投入口に酷似した穴が空いていたので、貯金箱だと判断したのだが、あるいは違う用途で作られたものかもしれない。というのは、箱の横にボタンが置かれているのだ。早押しクイズで使用されるような、人間が掌で押すのに誂え向きのボタンが。いかにも小学生の夏休みの工作の作品、といった出来栄えの牛乳パック製の箱と比べると、精巧とまでは言えないが、既製品のような完成度の高さだ。
箱とボタンは物理的に繋がっていない。注意書きのようなものは、貯金箱にもボタンにも記されていない。
わたしはボタンを押した。
途端に貯金箱は木端微塵になり、白いものが弾けた。風圧によろけ、その場に尻餅をつく。上半身に視線を落とすと、服が真っ白になっている。付着しているのは、白い粉のようなもの。素手で触れても差し支えないものなのか否かの判断はつかない。
立ち上がり、再び歩き出す。
数分後に職業安定所に着いた。本日の職安は、安定していない。建物全体がゼリーのように揺れ、わたしのような定職を持たない者は入ることすら難しそうだ。
しかし、服に粉を浴びたわたしならば、あるいは。
表情を引き締め、職業安定所の出入り口へと歩を進める。
建物まであと十歩、というところまで来た時、後方からただならぬ音と気配が近づいてくるのを感じた。
振り向いたわたしの目に飛び込んできたのは、こちらへと突進してくる黒塗りの自動車。
わたしは横っ飛びに飛んだ。車はわたしの服の裾を掠めて通り過ぎ、轟音。
受け身を取り、上体を起こしたわたしが目の当たりにしたのは、職安に頭から突っ込んだ黒い車体。突っ込まれた副作用か、職安は本来の安定感を回復している。
後部座席のドアが開き、男が降り立った。目を血走らせ、歯を食い縛り、両手を固く握り締めている。世界に絶望した男だ。
「うわー! ちくしょう! うわー!」
世界に絶望した男は二つの拳で、職安の建物を滅茶苦茶に殴り始めた。不定期に不安定になるとはいえ、建物は建物。基本的には堅く、硬く、固く、安定しているはずのそれが、易々と壊れていく。絶望の力はそれほどまでに強大なのだ。
百パーセント絶望しているわけではないが、絶望に片足を突っ込んでいるわたしは、胸がすく思いだった。建物が全壊するまで破壊活動を見守り、一仕事を終えた彼と固い握手を交わしたい。そんな心境だったが、服に白い粉がかかっているのがどうも気にかかる。それが友情の妨げになるのではないか、という気がしてならない。上にはその一枚しか身に着けていないので、脱ぐわけにもいかない。
破壊する男と破壊される職安に背を向け、その場を後にする。その足は必然に、貯金箱が爆発した場所へと向かった。
現場は野次馬でごった返していた。総勢三十名ほどだろうか。老若男女、様々な人々がいるが、市井の人々という大カテゴリで一括りに出来る人間ばかりだ。警察、警察、と盛んに口にしている。通報を終え、警官の到着を待っている状況らしい。
わたしは踵を返した。
箱とボタンは物理的に繋がっていない。注意書きのようなものは、貯金箱にもボタンにも記されていない。
わたしはボタンを押した。
途端に貯金箱は木端微塵になり、白いものが弾けた。風圧によろけ、その場に尻餅をつく。上半身に視線を落とすと、服が真っ白になっている。付着しているのは、白い粉のようなもの。素手で触れても差し支えないものなのか否かの判断はつかない。
立ち上がり、再び歩き出す。
数分後に職業安定所に着いた。本日の職安は、安定していない。建物全体がゼリーのように揺れ、わたしのような定職を持たない者は入ることすら難しそうだ。
しかし、服に粉を浴びたわたしならば、あるいは。
表情を引き締め、職業安定所の出入り口へと歩を進める。
建物まであと十歩、というところまで来た時、後方からただならぬ音と気配が近づいてくるのを感じた。
振り向いたわたしの目に飛び込んできたのは、こちらへと突進してくる黒塗りの自動車。
わたしは横っ飛びに飛んだ。車はわたしの服の裾を掠めて通り過ぎ、轟音。
受け身を取り、上体を起こしたわたしが目の当たりにしたのは、職安に頭から突っ込んだ黒い車体。突っ込まれた副作用か、職安は本来の安定感を回復している。
後部座席のドアが開き、男が降り立った。目を血走らせ、歯を食い縛り、両手を固く握り締めている。世界に絶望した男だ。
「うわー! ちくしょう! うわー!」
世界に絶望した男は二つの拳で、職安の建物を滅茶苦茶に殴り始めた。不定期に不安定になるとはいえ、建物は建物。基本的には堅く、硬く、固く、安定しているはずのそれが、易々と壊れていく。絶望の力はそれほどまでに強大なのだ。
百パーセント絶望しているわけではないが、絶望に片足を突っ込んでいるわたしは、胸がすく思いだった。建物が全壊するまで破壊活動を見守り、一仕事を終えた彼と固い握手を交わしたい。そんな心境だったが、服に白い粉がかかっているのがどうも気にかかる。それが友情の妨げになるのではないか、という気がしてならない。上にはその一枚しか身に着けていないので、脱ぐわけにもいかない。
破壊する男と破壊される職安に背を向け、その場を後にする。その足は必然に、貯金箱が爆発した場所へと向かった。
現場は野次馬でごった返していた。総勢三十名ほどだろうか。老若男女、様々な人々がいるが、市井の人々という大カテゴリで一括りに出来る人間ばかりだ。警察、警察、と盛んに口にしている。通報を終え、警官の到着を待っている状況らしい。
わたしは踵を返した。
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