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体育館
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明日の卒業式に備えて、わたしたちは体育館にパイプ椅子を並べていた。卒業生が気持ちよく卒業できるよう、黙々と。言葉こそ交わさなかったが、わたしたち教員一同の間には一体感が生まれていた。しかし、一人の闖入者が全てをぶち壊した。
闖入者は、腰が九十度近く曲がった爺。
爺は体育館に入ってきたかと思うと、背負っている竹籠からチンゲン菜を掴み出しては床にばら撒き始めた。
「チンゲン菜爺だ!」
一学年主任の池田先生が叫んだ。
チンゲン菜爺とは、あらゆる場所にどこからか現れ、チンゲン菜をばら撒いて去っていく老爺だ。
チンゲン菜をばら撒いていくのだから、ありがたい存在と言えるかもしれないが、彼は皆から疎まれていた。彼の手によってばら撒かれるチンゲン菜は、食用に適さないのだ。見た目は新鮮そのものにもかかわらず、食べると嘔吐を禁じ得ないほど不味いのだ。
「あれが食べられるチンゲン菜だったら、何人の貧しい人々を救えるかしら」
チンゲン菜がばら撒かれる様子を目で追いながら、池田先生は憤慨している。
「チンゲン菜、卵と一緒に炒めたら、凄く美味しいのに。スープの具にしてもいいし……」
竹籠の中身が尽きたらしく、チンゲン菜爺は体育館から去っていった。そして館内には、何十脚かのパイプ椅子と、八人の教員と、数十株のチンゲン菜が残された。
「やれやれ、あの爺も困ったものだ」
「全部で四十株、といったところですかな」
「一人五株がノルマですね。余ったら、ジャンケンに負けた者が残りを拾うということで」
一同はぶつぶつ言いながらもチンゲン菜を拾い始める。
わたしが二株目を拾い上げた直後、体育館に再び何者かが闖入した。男子バスケットボール部員たちだ。普段、体育館で部活動を行っている彼らは、わたしたちがチンゲン菜を拾い始めたのを見て、卒業式が終わったから椅子を片付けているのだと勘違いして、部活動を行うために中に入ってきたのだ。
ウォーミングアップは既に終えていたらしく、男子バスケ部員たちは紅白戦を始めた。
館内にはパイプ椅子が出しっぱなしだし、チンゲン菜も三十株ほど転がったままだ。常人よりも運動神経に優れた彼らといえども、怪我をしない保証はない。試合を止めなければ。
「止めなさい! 今すぐプレイを中断しなさい!」
大声で呼びかけたが、彼らは命令に従わない。プレイに夢中で声が届いていないのか、プレイを続けたいがために聞こえないふりをしているのか。どちらにせよ、彼らを野放しにしておくわけにはいかない。
彼らは高校生離れしたアクロバティックな動きで、チンゲン菜やパイプ椅子を巧みに避けながら、ドリブルをしたり相手チームの選手を追いかけたりしている。彼らほど優れたプレイヤーならば、怪我をする心配はないのではないかとも思ったが、ここは学校という場だ。ルールや常識を重んじ、彼らの行為を断固として止めさせるべきだ。わたし一人の声で止めさせられないなら、教員一同で叫べばいい。
「みなさん! みなさんで声を揃えて、やりたい放題している彼らを――」
一同を見回して、わたしは息を呑んだ。
老若男女、様々だったはずの教員一同は、わたしが少し目を離した隙に、ことごとく女子生徒になり、瞳を輝かせて、男子バスケ部員たちのプレイに見入っているのだ!
闖入者は、腰が九十度近く曲がった爺。
爺は体育館に入ってきたかと思うと、背負っている竹籠からチンゲン菜を掴み出しては床にばら撒き始めた。
「チンゲン菜爺だ!」
一学年主任の池田先生が叫んだ。
チンゲン菜爺とは、あらゆる場所にどこからか現れ、チンゲン菜をばら撒いて去っていく老爺だ。
チンゲン菜をばら撒いていくのだから、ありがたい存在と言えるかもしれないが、彼は皆から疎まれていた。彼の手によってばら撒かれるチンゲン菜は、食用に適さないのだ。見た目は新鮮そのものにもかかわらず、食べると嘔吐を禁じ得ないほど不味いのだ。
「あれが食べられるチンゲン菜だったら、何人の貧しい人々を救えるかしら」
チンゲン菜がばら撒かれる様子を目で追いながら、池田先生は憤慨している。
「チンゲン菜、卵と一緒に炒めたら、凄く美味しいのに。スープの具にしてもいいし……」
竹籠の中身が尽きたらしく、チンゲン菜爺は体育館から去っていった。そして館内には、何十脚かのパイプ椅子と、八人の教員と、数十株のチンゲン菜が残された。
「やれやれ、あの爺も困ったものだ」
「全部で四十株、といったところですかな」
「一人五株がノルマですね。余ったら、ジャンケンに負けた者が残りを拾うということで」
一同はぶつぶつ言いながらもチンゲン菜を拾い始める。
わたしが二株目を拾い上げた直後、体育館に再び何者かが闖入した。男子バスケットボール部員たちだ。普段、体育館で部活動を行っている彼らは、わたしたちがチンゲン菜を拾い始めたのを見て、卒業式が終わったから椅子を片付けているのだと勘違いして、部活動を行うために中に入ってきたのだ。
ウォーミングアップは既に終えていたらしく、男子バスケ部員たちは紅白戦を始めた。
館内にはパイプ椅子が出しっぱなしだし、チンゲン菜も三十株ほど転がったままだ。常人よりも運動神経に優れた彼らといえども、怪我をしない保証はない。試合を止めなければ。
「止めなさい! 今すぐプレイを中断しなさい!」
大声で呼びかけたが、彼らは命令に従わない。プレイに夢中で声が届いていないのか、プレイを続けたいがために聞こえないふりをしているのか。どちらにせよ、彼らを野放しにしておくわけにはいかない。
彼らは高校生離れしたアクロバティックな動きで、チンゲン菜やパイプ椅子を巧みに避けながら、ドリブルをしたり相手チームの選手を追いかけたりしている。彼らほど優れたプレイヤーならば、怪我をする心配はないのではないかとも思ったが、ここは学校という場だ。ルールや常識を重んじ、彼らの行為を断固として止めさせるべきだ。わたし一人の声で止めさせられないなら、教員一同で叫べばいい。
「みなさん! みなさんで声を揃えて、やりたい放題している彼らを――」
一同を見回して、わたしは息を呑んだ。
老若男女、様々だったはずの教員一同は、わたしが少し目を離した隙に、ことごとく女子生徒になり、瞳を輝かせて、男子バスケ部員たちのプレイに見入っているのだ!
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