わたしの流れ方

阿波野治

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 公園の前を通り過ぎようとして、思わず足を止めた。ジャングルジムになにかが鎖で繋がれている。一見人間のようだが、猿に見えなくもない。そもそも生き物ではないような気もする。
 繋がれているのだから、助けてやるのが筋なのだろうが、正体が掴めないが故に、行動に踏み切るのは躊躇われる。
 動きが見られないということは、無生物なのだろうか。それとも、死ぬか疲労困憊するかして、動くことができないだけなのか。後者ならば、なおのこと助けてやらなければならないが、正体不明なものを解放した結果起こり得る事態を考えると、やはり行動を起こす気にはなれない。
 人通りが少ない場所ではあるが、通り掛かる人間は皆無ではない。やがてその生物を認めた、わたしよりも親切で聡明な通行人が、適切な対応を取るはずだ。
 そう結論し、歩行を再開しようとした瞬間、
「わ゛ーっ!」
 なにかがけたたましい叫び声を上げた。驚きと恐怖とに襲われ、わたしは遮二無二駆け出した。脇目も振らずに走り続け、隣町に入ったところで、なにかはジャングルジムに繋がれているのだから危害を加えてくるおそれはないと気がつき、走るのを止める。
 あれはなんだったのだろう?
 首を傾げ、歩き出した直後、自分がなにをしようとしていたのかを忘れてしまったことに気がつく。繋がれたなにかが叫んだせいだ。叫び声自体に記憶を忘失させる効果があるのか、単に大声に驚いて記憶が飛んだだけなのか。
 まあいい。歩いているうちに思い出すだろう。
 歩き続けていると、粗末な木橋に差しかかった。踏み締めるたびに床版が悲鳴を上げたが、強度自体は問題なさそうだ。ただ、欄干は中が腐って脆くなっている気がしたので、寄りかからないように気をつけた。
 木橋の下を川が流れている。河原には一面、セイタカアワダチソウが生い茂っている。その中に動くものがある。
 足を止めて観察すると、少女だった。十三・四歳といったところか。自分よりも背が高い植物を掻き分け、なにかを探している。落し物を探しているにしては表情に真剣さがないし、昆虫採集に熱を上げる年齢でもない。
 なにが目的で河原を歩き回っているのだろう? 気にはなったが、先へ進むことを選択する。
 しばらく歩くと、道の左右に建物が見られるようになった。手芸用品店、中古車買い取り店、ペットショップ。どれもわたしに縁がない店ばかりだ。
 河原にいた少女を見捨てて先へ進んだのは、そうすれば自分がなにをしようとしていたかを思い出せると考えたからだったのだが、何一つ思い出せない。
 わたしは誤った選択をしてしまったのだろうか。今からでも、少女のもとに引き返すべきなのでは?
 そう思いながらも、決断を下せずにいるうちに、前方に巨大な建物が見えた。木橋を渡り切ってから現在に至るまでに道の左右に建っていた建物を全て合わせたよりもさらに大きい、屋根も外壁も真っ黒な建物。
 あれだけ大きいのだから、わたしが欲しているものは漏れなく置いてあるに違いない。
 少女の面影を脳裏から消し去り、わたしは足を速めた。
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