わたしの流れ方

阿波野治

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戦時中の鍋パーティー

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 走っているのである。逃げていると言うべきなのかもしれないが、わたしの認識としては走っているのである。空襲警報のサイレン。鍋パーティーの開催を告げる鐘。二つが同時に鳴り響いたからこその珍事と言えよう。そう、鍋パーティーは防空壕の中で催される。
 走るわたしのワイシャツの内側でおっぱいが揺れている。原因は定かではないが、先月半ば頃から急に膨らみ始めた。男のわたしにとっては煩わしいだけの代物だが、次回鍋パーティーが催された時に食材として活用しようと思い、あえてそのままにしておいたのだ。お陰さまで、今やFカップにまで成長した。
 しかし、鍋パーティーの開催と空襲が重なったのは誤算だった。こうも揺れては走りにくい、という意味で。とはいえ、空襲警報が出されている以上、ちんたらと歩いていては、敵機から投下された爆弾の直撃を食らう危険がある。
 おっぱいの揺れを手で押さえながら走ればいい。そう指摘する者がいるかもしれないが、両胸を押さえながら走る姿は、傍から見ると物凄く間抜けなので、わたしとしてはそのような走り方はしたくなかった。
 だから仕方なく、走りにくいなあ、と思いながらも、揺れるおっぱいをほったらかしにして、鍋パーティーの開催場兼避難場所を目指して走っている。
 防空壕に到着したが、まだ鍋パーティーは始まっていなかった。最奥では、調理係の健さんが大鍋を掻き回している。鍋料理はまだ完成していないらしい。胸を撫で下ろすと同時に、もう少しゆっくりと来ればよかった、とも思った。
 おっぱいを逆時計回りに回して胸部から取り外し、健さんに手渡す。その大きさを見て、健さんはにんまりと笑い、親指を突き立てた。
 早速おっぱいを鍋に投入、掻き回す作業を再開したが、笑顔は長くは続かなかった。健さん曰く、大きく育ちすぎて、火が通るまでにかなり時間がかかるのだそうだ。鍋パーティーの開始時間が遅れることを残念に思うと同時に、遅らせてしまったことを申し訳なく思った。
 鍋に投入してしまった以上、火が通るまで待つしかない。どうやら敵機は飛来しないようなので、外に散歩に行くことにした。健さんや他の人たちに制止されたが、能天気に笑って防空壕を後にする。長らくぶら下げていたおっぱいを取り外して肩が軽くなったので、浮かれていたのだ。
 しばらく歩くと、前方に人影が見えた。逃げ遅れた人だろうか? 近づこうとすると、
「動くな!」
 背筋が凍った。この訛りのある発音は、敵兵だ。逃げられるものなら逃げたかったが、敵はボタン一つで精神を崩壊させる最新兵器を有している。――逃げられない。
「美味そうな鍋料理の匂いがするじゃないか。匂いの出所まで俺を案内しろ」
 敵兵は高圧的に命じ、わたしの肩を小突く。
「わたしたちの種族の鼻では、匂いの発生源を正確に把握することは難しいからな。案内すればお前の命だけは助けてやる」
 頷き、来た道を引き返し始める。案内すれば、防空壕の中にいる人がどうなるかは火を見るよりも明らかだったが、わたしだって命は惜しい。
「鍋の中身もお前らも皆殺しだぁ。くひひ……」
 敵兵は彼らの種族特有の笑い方で笑う。わたし一人が浮かれていたせいで、みんなの命が失われるのだと思うと、涙で視界が滲んだ。
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