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第四部
第二章:02
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「……惨憺たる有様だな」
キープ・フェイスは苦々しい思いでアルカーに荒らされた基地の様子を視察していた。
ヒュドール……天津稚彦の手引きにより、アルカーの侵入を許したのは数時間前。
奴の手によって蹂躙された基地内は、破壊の爪あとがいたるところに残っていた。
「……電気推進装備、バラストタンク、複合迷彩装置はほぼ全壊。排気施設、
循環設備、発着場は60%から80%が破壊。フェイスどもは20%が
使い物にならない、か……」
ネットワーク内にあがってきた被害報告を読み上げ、暗澹たる思いで
こめかみに手を添える。フェイスダウンが組織として稼動して以来
最大の被害だ。
「も、申し訳ありません……我々では今のアルカーを抑えるには、
戦力不足で……」
「まぁ、そうだろうな。不甲斐ない話だが」
恐縮して弁解するジェネラルに嘆息して答える。
アルカー・アテリスの覚醒、地と水の精霊の覚醒などの要因によって
炎と雷の精霊の力も上昇している。現段階のフェイス戦闘員たちでは、
歯が立たない相手だ。
もっとも、連中に与えられた本来のスペックならこんな醜態を
晒すこともない。至らないのは、奴らが自身の躯体を十全に
扱えていないからだ。
(まあ、言うのも酷か)
フェイスたちは感情、自我を持たずに生まれてくる。それでは
性能を活かせるはずもない。
ジェネラルのように莫大なエモーショナル・データを収奪した個体は
極めて数が少ない。そのジェネラルでさえ、プロトタイプたる
キープ・フェイスの域に至るにはまだまだ遠い。
全てのフェイス戦闘員が感情と自我を獲得し、その性能を
活かしきれるようになれば、こいつらももっと使い物になるのだが。
「……もっとも、その時には敵そのものが存在しないか」
「は?」
「反応するな。ただの独り言だ」
聞き返したジェネラルにそっけなく返し、その場をあとにする。
確認しなければならない箇所は、まだまだたくさんある。
(やれやれ……)
その煩雑さに考えをめぐらせ、辟易する。
あらためて改人どもにも有用な部分はあったのだと、理解する。
奴らに組織を牛耳らせている間は、同時にこういった七面倒な
雑務もすべて改人どもに任せていた。しかし、今は奴らを
粛清――はしそこねたので追放か――したため、ジェネラルと
キープ・フェイスがやるしかない。
フェイス戦闘員、とりわけコマンド・フェイス以上のフェイスには
指揮官として行動できるタイプもそれなりにいる。
が、複雑な判断をくだせるのは両名だけだ。キープ・フェイス自身は
こういった司令部としての役目は好まないのだが、現状だだもこねられない。
(……こいつらに早く一人前になってもらって、オレは気ままに
過ごしたいものだが)
もっとも、その時には敵がいない……というところに戻ってきてしまう。
海底基地は、直径が1km近い巨大な建造物だ。
その内部の査察はかなりの時間がかかる。とりあえず重要な箇所だけ
指示をだし、残りはジェネラルに任せて一旦中心施設に戻る。
海底基地の、中心部。そこには――フェイスダウンの総本山、
"ヘブンワーズ・テラス"へと繋がる転送装置が存在している。
高度にして2000km――地球低軌道よりやや高い位置に存在する、
フェイスダウンの本拠地。そこには敬愛すべき総帥フルフェイスどのが
鎮座している。
その総帥閣下に、一つ二つ文句を言ってやりたい気分ではある。
長大な距離だが、フェイスダウンが誇る転送装置を使えば一瞬にして着く。
下の基地とは打って変わって静謐な拠点内を乱雑に歩き、玉座へと向かう。
はたして、組織の長たるフルフェイスはそこにいた。
が、常とは違うのが――脇に、岩の塊のようなものも鎮座している点だ。
「――なんだ、それは? 地の精霊と雷の精霊……か?」
「そうだ。精霊を奪い取ろうとしたところ、このような防護措置を
とられてな。そのまま回収してきた」
胡乱げにその塊を見つめると、拒むような精霊の波動が伝わってくる。
鼻をならすようなしぐさで視線を外し、総帥に向き直る。
「なんだ、結局精霊は手に入れられなかったのか。
……だから言っただろう。無理してこいつを使うから、こうなる」
「そういうお前は、天津にしてやられたようだな?」
不満げなこちらの声に相手は面白がるような響きを込めて反駁する。
痛いところをつかれてさらに不機嫌に、言い返す。
「……してやられたよ。だがそもそも、アイツとの約束など
律儀に守る必要自体、あったのかね?」
「私はこう見えて約束は守る方だ。極力な」
(極力、では守っていることになるのか?)
揚げ足どりは口には出さず、愚痴もきりあげて今後の方針を問いかける。
「……で、どうするんだ? おまえも既に知っているだろうが――
海底基地は現在丸裸だ。まぁ明日か、遅くとも明後日には
アルカーどもが乗り込んでくるだろう」
人間共の軍による攻撃――は、警戒していない。
基地の機能が全損したわけではない。海上に攻めてくるにはミサイルか航空機か、
あるいは艦艇が必要になる。それならば迎撃は容易い。
やはり警戒すべきはアルカーとノー・フェイスによる単機吶喊だ。
「既に計画は、最終段階へと至ろうとしている。もはや、奴らを拒む理由もない。
――来たいというなら、迎えてやろうではないか」
「そうなるか」
どうにもこの総帥は杜撰なところがある。他人のことは、とやかく言えないが……。
(とにかく、我らが首領どのは全賭けでいくらしい)
ここに至って負ければ全てを失うが、勝てば計画は完遂される。
やぶれかぶれ、なのではなく――そちらの方が面白い、ということだろう。
呆れる思いもあるが……実のところ、キープ・フェイスとしても望むところだった。
長い間陰湿で気の滅入る始末屋のような真似をしていたのだ。
せっかく表舞台に出てきたのだし、派手に暴れたい。
「決戦場は、このヘブンワーズ・テラス。下の基地は奴らにくれてやるとしよう。
おまえと私で、この場で決着を――」
「いや。オレが下で待ち受けよう」
総帥の言葉をさえぎり、宣言する。総帥はやや不服げに問い返してきた。
「……一人で奴らを迎え撃つ、というか? おまえこそ、
無謀がすぎるのではないか?」
「アルカーが完全体ならともかく、両者とも不完全な現状では
おそるるに足らん。オレ一人で充分だ」
こきり、と肩をひねりほぐす。アンドロイドながら人間くさい動きだが、
そもそも"人造人間"である彼は、限りなく人間に近い存在だ。
「おまえはその泥団子を解かす方法でも探っているといい」
「……過信は、おまえの欠点だ」
「客観的な認識だと思うがね。手にあまる相手なら、相応に対する」
最悪でも撤退すればいいだけの話だ。総帥が言うほど
無謀でもあるまい。
「……」
「おまえの目的を達するには――地の精霊と、水の精霊は必要だろう。
この状態のままでは困るんだよ」
「それは確かに、だが……」
いまだ逡巡した様子の総帥を振り切るように、踵をかえす。
「オレは大戦闘員、キープ・フェイス。
おまえが作ったフェイスアンドロイドの全性能を引き出せる、唯一の存在だ。
精霊の力を十全に得たアルカーが相手ならともかく……
不完全なアルカーなど、何体束ねようがものの数ではない」
「……油断は、するなよ」
それ以上は答えず、ふたたび廊下を歩みだす。
電子頭脳はフル回転し、アルカーとノー・フェイスへの対策を
無数に編み出している。あらゆる戦法、あらゆる可能性を
しらみつぶしにしてあらかじめ予測をたてる。
全身にいきわたる循環液が、精神を高揚させる。
そうだ。
オレは、大戦闘員。
戦うために作られた、最初のフェイス。
最強の敵を前にすることこそ、最大の喜びなのだ。
・・・
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