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第一部
第二章:07
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前を行くアルカーの背を見つめながら、ノー・フェイスは
ぼんやりとした心持ちで歩いていた。
あの激戦から一週間がすぎた。
アジトにはアルカーの仲間たち――CETが立ち入り、徹底的に捜査された。
しかしあの時戦闘に入った時点で既に撤収の準備がなされていたのだろう。
有益なものは何一つ残っていなかった。
ノー・フェイスは彼らのもとに降った。
CETの面々も、これまで苦しめられ仲間を殺してきたフェイスを前に
戸惑いを隠せない様子だったが、アルカーが彼らを安心させるように言った。
「彼は同志だ」
――と。
その後、CETが持つセーフハウスの一つに連れられ、そこで安全性の確認のため
いくつもの検査を受けた。通信能力の有無、自爆装置などの危険物の有無など……
そして今、一定の安全性が認められ彼らの作戦支部へと連れられている。
これまで、フェイスの誰もみたことがないアルカーたちの秘密に
近づこうとしているのだ。
邪心がないとはいえ、妙に心が落ち着かない。
「ここが、作戦指揮所だ」
分厚いシャッターを兼ねた自動扉の前にたどり着いたアルカーが、告げる。
人間なら襟を正すところなのだろうが、アンドロイドであるノー・フェイスに
衣服はない。どのように取り繕えばいいのかもわからず、
とりあえず埃だけはたきおとす。
扉が開く。
やや広い事務所のような殺風景の部屋に、いくつもの最新設備。
中央には地図を投影できるアクリルスクリーンがあり、その向こうに座る黒髪の女性が、
立ち上がって名乗りをあげる。
「――ようこそ、CETへ。複雑な思いがあるが、まずは歓迎しよう。
……ノー・フェイス。私はCET作戦本部長、御厨仄香だ」
「……」
眼鏡を掛けたその女性は刃物のような印象を受けた。警戒しているのだろう。
部屋の中には幾人もの職員がいる。ライダースーツに身を包んだ、
ポニーテールの金髪の女性。無骨な体格と厳めしい顔をした軍人じみた男など……
そして、ツインテールの少女の姿。
「――ようやく、また会えた」
その少女は無表情に話しかけてくる。その顔を見ると胸の奥に痛みを感じる。
本当なら、この少女とてもっと歳相応に表情豊かな顔をしていたはずだ。
それを奪ったのが、自分たちなのだ。
「……ありがとう」
「……ありがとう?」
信じられない言葉を聴いた。ありがとう?
「……なぜ、礼を言う。オレがアルカーを邪魔しなければ……」
「でも、助けてくれた」
こともなげに言う少女に、絶句する。
「私は、あなたが抱きしめてくれたことを覚えてる。アルカーと、同じ暖かさを
あなたの手から感じた。だから……あなたに、礼を言いたかったの」
ほんのりと。本当にかすかにだが――少女が笑みを浮かべた。
黒髪の女性を始めとした周囲の人間にざわめきが広がる。ノー・フェイス自身も
驚いていた。完全にではないとはいえ、感情を奪われた少女だ。
笑みを浮かべることなど――できないはずだった。
「……お前が救ったんだ」
後ろに立っていたアルカーが、肩に手を置く。その声には笑いが含まれている気がした。
「危険から守ったというだけじゃない。恐怖に怯える彼女に、お前は安心を与えた。
だから――胸をはっていい」
……肩に置かれたアルカーの手から、言い知れない暖かさが伝わってくる。それは熱さと言ってもいい。
フェイスダウンにいたときにはけして味わうことのない熱さだ。胸のうちが燃え盛り、
その熱が全身にみなぎって体を軽くさせるかのような、そんな浮かれた熱さ。
パシィ、と軽い破裂音が響く。振り向くと、アルカーが身にまとった"炎の精霊"を
解除し――その正体をあらわにしていた。
赤く燃え盛るような髪。するどく整った顔立ちには、貫き通す意志の強さを感じる
まなじり。
「……それがおまえの素顔か」
呟いた言葉に、黒髪の女性――御厨たちに緊張が走るのがわかった。
みんな、アルカーの身を案じているのだ。それがよくわかる。
「……いい仲間たちなのだな」
なんの気なしに口を突いた言葉だったが、それがことのほか気に入ったのかアルカーは
破顔して同意する。
「ああ、いい仲間だ。かけがえない、えがたい友たちだ。
――お前も、今日からその一人だ」
「――オレが……」
その言葉に動揺し、戸惑いを隠せない。
この男は――これまで戦ってきたフェイスを、つい先日殺しあった相手を、
どうしてそうも信頼できるのだろう。
「……オレは赤城火之夜。これから、よろしく頼む」
そういってアルカー……火之夜は手を差し出してきた。
一瞬、どうすればいいか戸惑う。それが握手という人間の習慣だとは知っていた。
だがこれは親愛の情を示すサインのはずだ。悪に生まれ、悪に加担してきたオレが
それに触れていいものか悩んだのだ。
おそるおそるその手に触れると、そんなオレの迷いをふりきるかのように
火之夜が強く握り締める。その力強さを感じると、自分の中になにか――
誇り高いものが生まれてくる気がした。
「――名前」
「なに?」
「名前、おしえて」
少女が、たずねてくる。
「……アルカー、いや火之夜から聞いてはいないのか?」
「そうじゃないの。あなたの口から……聞きたいの」
「……」
少女の顔をまじまじと見つめる。
表情の薄い顔。だが、たしかに笑っている。
その顔を見ていると、えもいわれぬ充足感が満ちてくる。
ああ。
今、オレは実感した。
オレがしたことは、間違っていなかった。
この少女を守るためにフェイスに立ち向かったこと。
それが正しいことだったと、その顔を見てようやく心から信じられた。
彼女の目線にあうよう、かがみこむ。
じっとその亜麻色の瞳を見つめ、あの夜そうしたように優しく語りかける。
「オレは――ノー・フェイス。それがオレの名だ。
……もしよければ、おまえの名も教えてくれないか」
「うん」
うれしそうに――ほんとうに、うれしそうに、少女がうなずく。
そしてオレは彼女の名前を「知った」。
「私は、雷久保ホオリ。あの夜、助けてくれて――ありがとう」
・・・
御厨は、ノー・フェイスへの警戒を解きつつあった。
完全に信用するわけにはいかない。それがCETの認識だった。
これがフェイスダウンの罠ではないと、言い切れるものではなかった。
ただ二人、火之夜とホオリだけが「心配ない」と太鼓判を押していた。
油断すれば、火之夜を失う。それを思えばその言葉を軽々に信じるわけには
いかなかった。だが、今少女の顔を見てようやく理解していた。
感情を奪われ、恐怖と絶望以外の思いが希薄になった少女。その少女が今、
小さな、しかし心の底から喜びをその顔にたたえている。
火之夜も、深い信頼を寄せている。
きっと、あの夜あの場にいたものしかわからない確かな「決意」を
彼から感じたのだろう。
(男同士の友情、って奴なのだろうか)
アンドロイドであるフェイスに男女の別があるかはわからないが。
そう考えるとなにかむずがゆいものが湧き上がってくるのも感じる。
(うぅ~ん、男と男の篤き友情、って奴ですかね?
ああ、二人のバックに夕日が見える……)
いつのまにか近くに寄ってきていた桜田が、くねくねとうねりながら
そんなことをのたまう。
彼女を見る目がじとっとしたものになるのは、避けられそうに無かった――。
・・・
「――ハァッ……! ハァッ……! ハァ……」
ジェネラル・フェイスは息も絶え絶えにアジトの廊下を歩いていた。
ノー・フェイスがいたアジトは裏切りを受けた時点で廃棄を決定していた。
それもあり、撤収そのものは滞りなく行われた。
だが、それは敗走だ。
ノー・フェイスを始末できていれば、必要のないことだった。
裏切り者をとらえ、原因を調査することもできなかった。
アルカーを倒し、邪魔者を排除することもできなかった。
そして――両者の合流を防ぐこともできなかった。
かわりにこちらには三百を越える数のフェイスを失い、
隊長格コマンド・フェイスも失った。
自身も深く傷つき、再生には時間を要する。
得たものは何一つなく、失ったものは多い。
「総帥に……なんといってお詫びすればよいのだ」
暗澹とした思いでずるずると体をひきずる。
気落ちしてばかりもいられない。
とにかく、フェイスダウン始まって以来の最大の危機だ。
ここを乗り越えねば、組織に未来はない――
「おおぉ―――っと! 失礼しまッしたぁー!」
ドンッ!
何者かに強くあたられ、ぶざまにも倒れ伏してしまう。
「なッ……なにをする!?」
突然のことにうろたえ、振り向く。
そこには――虎のような頭をした人間がいた。
「なッ……!?」
「これはこれは大幹部どの。大変失礼いたしましたなぁ~……」
ニタニタと見るに耐えない笑いをたたえ、まるで悪びれなく謝罪する。
「きッ……きさまらはッ……なにものだ!?」
「おや、機械人形のくせにネットワーク検索もできない?
あなたの頭に備えられた機械はメロンかなにかでしたかな?」
慇懃無礼な態度をまるで隠しもせず、頭をさししめす。
よく見ると、同じようにトカゲの頭をした人間、魚のような頭の人間などもいる。
「――その辺にしておけ。一応、大幹部級戦闘員は、おまえたち幹部級改人より
格上なのだぞ」
新たな声が後ろから聞こえてくる。
ばッ、と振り向くと――禍々しい髑髏のような姿の人間、そしてカマキリのような人間、
鬼のような人間たちが、たたずんでいた。
慌ててフェイスダウン内ネットワークを参照する。キーワードは――改人。
すぐにヒットする。
改人。捕えた人間をベースに生み出された改造人間。
その階級は隊長格から幹部級。戦闘員であるフェイスたちより格上だ。
そして――目の前にいる三人。彼らは改人の頂点に立つものたち――大改人。
その名の通り全員がジェネラルと同じ大幹部だ。
開放された情報によると、彼らは何十年も前から"改人計画"として開発されていたらしい。
中東で秘密裡に実戦に投入されながら研究を続けられ、つい先日完成したようだ。
「フフフ……私は、シターテ・ル。大幹部改人の一人よ。以後よろしく……」
カマキリの姿の改人が、そのメスのような指であやしくジェネラルの顎をさする。
「ワタシはヤソ・マ。大幹部改人の首領格として据えられている」
「……ヤク・サだ」
ほかの大幹部も、幹部改人たちも彼に対するあざけりを隠しもしない。
(改人……幹部……大幹部……)
ジェネラルの頭に、黒いもやのように不安と絶望が押し寄せてくる。
人ならざる人たちの哄笑の中で、たちあがることもできずにただ愕然としていた――。
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